見出し画像

【こえ #38】“不便のない”生活と“望む”生活の間

小笠原 幸成さん


 小笠原さんは、会社を退職した2016年に、友人から声のかすれを指摘される。原因は、“癌ではない”良性の声帯ポリープや肉芽腫で、すぐに入院し切除した。しかし、2021年になって再度「声が出にくいという自覚症状があり」、同じ病院を受診すると、癌と診断された。2022年に入って短期間で計35回もの放射線治療を実施するも、2023年に入ると癌が再発。『喉頭』の全摘手術を勧められ、周辺にあるリンパ節とともに切除した。

 『喉頭』とは、一般的に『のどぼとけ』と呼ばれる器官で、鼻や口から取り込まれた空気を気管へ、飲食物を食道へ振り分けるとともに、声帯を振動させて声を出す働きも担う。即ち小笠原さんは、“それまでの”声を出す手段を失った。「仕事をしていたら、手術を悩んだと思う。同居人がいないことも、手術に踏み切れた」。

 小笠原さんはこの間、2018年に『ラクナ梗塞』と呼ばれる、脳血栓の中でも脳の深い部分を流れている細い血管が詰まってしまうことで起きる脳梗塞を発症し、左手足に軽い麻痺があった。そのリハビリのためにアルトサックスを習っていたが、それも「(喉頭摘出に伴う気管切開によって)口から呼吸できなくなったために楽器も吹けず」、リハビリを断念せざるを得なかった。


 喉頭摘出の担当医師に紹介され、摘出手術の数か月後に入会したのが、声を失った同じ境遇の方々が発声練習に通う「銀鈴会」。小笠原さんは現在、まず口や鼻から食道内に空気を取り込み、その空気をうまく逆流させながら、食道入口部の粘膜のヒダを摘出された声帯の代わりに振動させて音声を発する「食道発声法」に取り組み、スタートの初心クラスから初級クラスに昇格された。でも、まだ「日常挨拶もままならない」。

 少しでも早く声を出せる方法として、あご下周辺に当てて振動を口の中へ響かせ、口や舌の動きで振動音を言葉にして発声することを補助する器具である「電気式人工喉頭(EL)」を使う手もあった。「出てくる機械音が、テレビのAI音声のように男性と女性と区別できるレベルになれば使う人も多いと思う」と教えてくれた。裏を返せば、デバイスが改善されれば多くの方が使うということだ。


 小笠原さんの日常は、ご家族やご友人にはメールで、日常生活ではスマホのメモ機能を活用し、スーパーマーケットやスポーツクラブは会話できなくても「不便がない」と教えてくれた。

 しかし、「今はまだ筆談での会話なので、人との接触が面倒くさく、避けるようになる。友人との会食も減少した。今は、電話は全く出ない、早く電話を使えるようになればと思う。」とも話された。

 不便はないかもしれない。でも望む生活ではない。そこにこそ、テクノロジーが貢献する余地があるはずだ。デバイスの改善や新しい技術の登場が待たれている。


▷ 銀鈴会



⭐ ファン登録のお願い ⭐

 Inclusive Hubの取り組みにご共感いただけましたら、ぜひファン登録をいただけますと幸いです。

 このような障害のある方やご家族、その課題解決に既に取り組んでいる研究開発者にインタビューし記事を配信する「メディア」から始まり、実際に当事者やご家族とその課題解決に取り組む研究開発者が知り合う「ミートアップ」の実施や、継続して共に考える「コミュニティ」の内容報告などの情報提供をさせていただきます。


Inclusive Hub とは

▷  公式ライン
▷  X (Twitter)
▷  Inclusive Hub


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?