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【しんけい #2】ステージ4のがんである研究者が残すもの

伊藤 史人さん(後編)


前編から続く)

 現在、意思表示が難しい重度障害児の視線入力によるコミュニケーションを支援するシステム『EyeMoT(アイモット)』は無償で提供されている。「商売にのせたり、ユーザーの個人負担にはできない」。

 そのために、伊藤さんが教員を務める大学のプログラミング教育の一環として生徒も活動を手伝ってくれ、クラウドファンディングでの支援も受けて、使ったユーザーにはSNSに出して欲しいとお願いした。「Facebookやってますか?是非やってください!なんて言って」と笑って話された。でも、「ちゃんとアピールすれば、ヘルプする人が出てくる、誰かの参考になる、横のつながりができる、誰かと一緒に取り組める」広がりが生まれる。

 その結果、「ユーザー自身が色々な使い方や取り組み方をどんどん開発していった」。視線入力によるアート作成、展示会への出展、絵本の作成、ゲーム大会の実施など、ユーザー起点の「緩いコミュニティが生まれ」広がっている。

 「ガチっと組織をつくっても長持ちしない、個人の意識が変わってくれば、形は変われども生き続ける。」と伊藤さんはおっしゃる。理想論ではなく、現実に起きている。今や全国9カ所で当事者のママさんたちが主導して普及に取り組んでくれている。「ママさんって一保護者じゃないですよ、すごいパワー。初めてパワポ作るのだって頑張ってみて、一回やると私にもできるってなる。やれる環境があれば変わる。」と嬉しそうに話された。


 当事者家族だけではなく、教育や福祉の現場への普及も重要だ。そうした現場は、基本的に決まった制度に基づいて仕事をする必要があるため、「課題があって、解決方法がわかっていても、なかなかそれまでのやり方を変えて新しいことに取り組むマインドになれない」。教育や福祉の現場の方々を批判したいわけではない。それでも志は高いので、「困りごとが解決されると自ら気付いてくれれば、ちょっとやってみようかになる」ことを期待している。そのためには、事例をまとめて動画にして見えるようにするなど、取り組みやすくなる環境が大事。だから、伊藤さんが主宰する、福祉情報工学系の情報を発信する『ポランの広場』は、そういった動画で溢れている。


 最先端技術の取り込みにも意欲は尽きない。現在は視線入力装置をディスプレイ側に取り付けているため、本人がディスプレイの外側を見てしまうと反応しないなど、動きが限定的だ。また、本人の意思とは無関係に身体に異常な運動が起きる「不随意運動」がある子供は視線入力が難しいという課題もある。「眼球の動きが数ミリに対して、首が数センチも動いてしまうので、補正しきれない」ため、ディスプレイではなく本人の身体側に付けてしまった方が、相対的に位置関係がずれない。 

 この解決手段の一つが、「空間全部がディスプレイになる」VRだ。しかし、値段がまだ高く、教育福祉用に使えるほど一般化されていない。VR技術の模索は続けるものの、「人間が技術をもっていても、社会的な弱者のところにはなかなか来ない。昔からそう。時間が解決するもの。」と少し寂しそうに話された。


 筆者としては、時間が解決するだけでは済ませたくない。伊藤さんは、2017年に肺がんのステージ4の診断を受けた。もう手術による完治は難しく点滴のみの治療だ。5年の生存率が10数%と言われる中で、現在6年目になる。「好きなことをやっていれば免疫が上がって延命できるでしょうから、楽しいことだけやりますよ。」と話された姿に涙が出そうになった。

 「自分は可能性を示して、あとは別でやろうとする人が出てくればいい」。ご自身がここまで広めてきた、『EyeMoT(アイモット)』さえも「残る必要はない」と言い切った。


 伊藤さんの取り組まれてきたことの維持や発展、さらにはその中から伊藤さんを越える技術が出てくるような、そんな土壌に少しでも貢献したい。



▷ ポランの広場

▷ EyeMoT(アイモット)



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