見出し画像

あの頃の「プロトタイプする暮らし」#2  タコス屋「みよし屋」&編集者・阿部太一さん

出版社・マガジンハウスで長く編集の仕事を続けてきた阿部太一さんが、2023年5月10日、品川区中延にタコス屋「みよし屋」をオープンしました。THE CAMPUS FLATS TOGOSHIからは歩いて10分ほど。佇まいは街のお蕎麦屋さんのようですが、実際に店内を覗くとリノベーションされた素敵な空間が広がっています。編集者である阿部さんが、なぜこの町でお店をオープンすることになったのか。仕事と暮らしをプロトタイプする先輩・阿部太一さんにお話を伺いました。

先祖代々続く蕎麦屋をリノベーション

ーー編集者である阿部さんが、なぜ中延でタコス屋をオープンすることになったのでしょうか。

2020年12月に、新型コロナウィルスが原因で父が亡くなり、その3カ月後に母も亡くなりました。お別れも言えずに亡くなってしまい、大きなショックを受けましたが、このことが今後の生き方を考えるきっかけになりました。

一番に考えたのは13歳と8歳の子どものこと。ぼくも妻も会社員です。共に夜が忙しいときは子どもたちの世話を両親に頼ることが多かったんです。その存在がふたりいっぺんにいなくなってしまいました。妻に比べると、ぼくはリモートワークしやすい職種ですし、フリーランスとして働くこともできるので、今後の子どもとの距離を考えたら、ぼくが仕事を変えたらいいのではないかと考えました。

この「みよし屋」は、もともと蕎麦屋で、その2階にぼくたち家族が住んでいました。小さなときは学校から帰ってきたら必ず家に誰かがいる状況で育ってきましたこともあり、子どもたちに何かあったときはすぐに行けるような近さで育児できたらいいなと思いました。

マガジンハウスに定年まで勤め上げる意識でいたので、もちろん不安もありました。でも、子どものことを考えたら「いましかない」と。

阿部太一(あべ・たいち)
1979年、香川県小豆島に生まれ。品川区中延で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3つの編集部でエディターとして活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとして編集者を続けながら、2023年5月10日タコス屋「みよし屋」をオープン。
Instagram: @tacoshop_miyoshiya


ーーそれで会社を退職されたのですね。とはいえ飲食店を開業しようと思ったのはなぜなのでしょうか。

両親が亡くなり、弔問に来てくださる近所の方々がたくさんいて、お線香をあげながらいろいろな話を聞いていると、両親がこのエリアの人たちの、いわゆる“メンター”のような聞き手になっていたことがわかりました。

それなら、人が集まり、何かしらの“吐き出し口”や、うれしいことをシェアする場に、みよし屋がなれたらいいなと。同時に、人と人がつながる場所を中延エリアにつくるのもいいなと思ったのがお店を始めようと思ったきっかけです。

タコス屋「みよし屋」の外観。蕎麦屋の佇まいが残る。タコス屋「みよし屋」
東京都品川区西中延3-15-7 11-21時/火曜日定休
中に入ると、まるで海外に来たような気持ちになるブルーとホワイトが基調に。ネオンカラーのPOPもかわいい。

ーーご両親がお蕎麦屋さんを営んでいたとはいえ、阿部さん自身は飲食業は初めてですよね。

そうですね。飲食の経験は蕎麦屋を手伝うくらいだったので、はじめは飲食ではなく、面白いコンビニエンスストアができないか、など、この場所の使い方をいろいろと考えていました。ただ、好みの差はあるけれど、「食」は人に欠かせないものです。そして食べるときに楽しいと、絶対にハッピーになれる。それなら「じゃあ、やっぱり食だな!」と飲食業をやろうと決めました。

そして今度は、みよし屋という「箱」をどうつくるのかを考えたとき、編集の仕事だと思えばできるのではないかと思いました。ぼくはデザインもできないし、上手な写真も撮れない。何もできないんです(笑)。ただ、編集の仕事は「集めて編む」こと。面白いことや、スペシャルなスキルを持った人たちを集めて、新しい価値を生み出すことはずっとやってきました。だから、この「箱」を編集することならできると思い、まずは普段仕事でお世話になってきた方々にお声がけしました。

ーーちなみになぜ「タコス」だったのでしょうか。

おそらくぼくが蕎麦屋をやるのが一番ロマンチックだし、この場所ではそれがいいと思います。ただ、蕎麦は職人技が必要でスキルがないと厳しい。ぼくが習得するにしても、誰かを雇うのも、「すぐに」「長く」やるには現実的ではありません。そうなると、レシピがあり、下準備があれば誰でもつくりやすいファストフードなら、どんな人でも回せる仕組みをつくることができる。これからデリバリーやテイクアウトのトレンドが伸びていくことを考えても、ファストフードでやっていこうという意志が固まりましたね。

また、この中延周辺には新しいカルチャーに接する機会が少ないことも気になっていました。コーヒーやハンバーガーの大型フランチャイズ店はあるけれど、個人のカラーが出ているお店はほとんどありません。だったら、ぼくがそのひとつになれれば、と。あまり早過ぎるものだと街の人がついて来られなくなってしまうから、街行く人が「ちょっとトライしてもいいかな」と思えるくらいの新しいカルチャーを提案しようと思いました。そう考えるとハンバーガーもサンドイッチも既にあるので、イベントにも出店しやすく、軽妙にカルチャーを提案できるのはタコスだな、と。そしてぼく自身、タコスが好きだというのも大きな理由です。

厨房では蕎麦をこねていた鉢で、トウモロコシ粉を使ってトルティーヤを作っていました。

お店を「編集」する

ーーお店を始めるにあたって、どんなことからスタートしていったのでしょうか。

まず食に関しては、料理ユニット「and recipe」の山田英季さんにお声がけをしました。山田さんにはぼくの両親のこと、やりたいこと、そしてこの先の話などをすべて話したところ、「ぜひやりましょう」と言っていただきました。

これまでいろいろな料理研究家の方と仕事をしてきましたが、山田さんにお願いしたのは、年齢が近く、味の嗜好性やコミュニケーションの取り方などがしっくりきたことが大きいです。彼は編集的な考えをもっていて、どんなテーマで人を巻き込めば盛り上がるかという視点で料理を考えることができる。「やりたいこと」に合わせた的確なメニューをつくってくださいました。

スパイシーな「みよし屋」のタコスたち。メニューが豊富なので食べ比べしたら楽しそう。

ーーお店全体やメニュー表なども統一感があって素敵ですね。

グラフィックデザインは店の奥にある編集のためのスタジオをシェアしているクリエイティブユニット「Bob Foundation」の朝倉洋美さんにお願いしています。これまでも仕事を一緒にしていて、メニュー周りなど、集客に必要な「見せ方」を一緒に考えてもらっています。

Bob Foundationがデザインを手がける「DAILY BOB」のグッズも買うことができる。

内装設計はぼくの自宅のリノベーションをお願いした「スタジオA建築設計事務所」の内山章さんにお願いしました。たくさんの話し合いを積み重ねて、編集も飲食もシームレスにやりたいというお願いをしっかりとかたちにしてくださいました。改めて、コミュニケーションは大事だと感じましたね。

アーチ型の開口部。お店のキャッチフレーズ「WRAP ME TENDER」も。

「編集」と「飲食」の両輪でやっていく

ーー編集の視点でプロフェッショナルなみなさまをつないでいったのですね。そして2022年7月に会社を辞められて1年間の開業準備期間を経て、「みよし屋」をオープンしました。その準備期間も編集の仕事を続けられていたのですよね。

会社を辞めるとき、ぼくは雑誌「Hanako」の副編集長をしていたので、編集長や会社と相談しました。もしかしたら会社に残り、編集ではない事務方の仕事にまわる道もあったのかもしれないのですが、子どものことを考えると「いま動くしかない」と、準備を進め退職しました。

会社は退職しましたが、編集という仕事を辞める気はまったくありません。もちろんこの仕事が好きで楽しいというのが理由のひとつですが、やはり飲食業が初めてだったので編集と飲食というふたつの柱をもっておかないと経済的な部分が不安だということもあります。ですから開店準備期間の1年間はメディアの編集を手掛けたり、新しいブランドのディレクションをするなど、フリーランスのエディターとして仕事をしていました。

ーー2023年5月にオープンしましたが、いまはどんな1日を送っていますか。

朝9時から10時の間にスタッフたちと一緒に出勤しています。いまは編集の仕事を抑え気味にしているので、ぼくがお店に立つことも多いです。お昼を過ぎると少しアイドリングタイムに入るので、その時間は編集の仕事をしています。閉店したら片付けをして、スタッフが在庫チェックしたものを確認し、夜、仕入れのリストをつくって発注。そのあと編集の仕事をして、自宅に帰って、また朝、という感じです。

ーー忙しいですね…! 

大変ですが、回し始めると面白い分野だなと感じています。初めは数十枚の経営企画書を書いて銀行から融資を受けたりしてお金のことを考えていました。スタッフは7名いますが、「いま、ぼくたちがこれだけがんばれば、次はこんな新しいことができる」と展望を話したり、お金の話もオープンにすることで、いま何が必要で何が不要かが見えてくるんです。彼ら彼女らもそういう意識でしっかり働いてくれているので、メンバーにはすごく恵まれていると思います。

自ら厨房に立ち、生地を焼く阿部さん。

もしプロトタイプするなら?

ーーTHE CAMPUS FLATS TOGOSHIは「みよし屋」から徒歩10分程度でご近所です。こういうチャレンジする場所があると聞いて、どのように感じましたか。

「場所」があるのはすごくいいですね。住まいと直結しているのは恵まれていると思います。一方で、場所があるから自発的にやるかどうかはまた別の話。あとは、内輪ウケして終わらないように工夫して運営をしていく必要があるとは思います。

ーーたしかに「1回やってみた」で終わらないようにしていきたいですね。

自己承認欲求にも直結するかなと思います。入居者の方は、続けていく途中で何のためにこの場所を借りてやっているかを自問自答することになると思います。だから、近所の人が来てくれて「おいしい」と言ってくれたり、エリアのためになっているという実感でもいいですが、続けるためのインセンティブが大事です。同時に、どんな場所にしていくのかというソフトのつくり方、PRの仕方、ブランディングなど興味がありますね。

ーーTHE CAMPUS FLATS TOGOSHIでは、商店街の中にあることを生かして、地元の商店街の方々と関わっていきたいと考えています。

「みよし屋」のオープンのとき、1ブロック周辺の方々にプレオープンのお知らせのお手紙を書きました。ご近所の方々をお招きしたいと思っていまして、実際に来てくれるかが不安でしたが、当日は家族連れでいらっしゃったりしてくれてうれしかったです。

ーーまずは地元の人に向けて発信したのですね。

ぼくはメディアで働いていたので、外に発信することは得意です。でも地元に根ざすことが実店舗をもつうえで大事だと感じています。ですからいまの課題は、自分たちがご近所とどうつながり、その先をどのようにつなげていくのかということです。SNSやメディアで取り上げられるのはあくまで“飛び道具”と捉え、そこに頼り過ぎるのではなく、地元でのつながり方を大切にしていきたいです。

ーーTHE CAMPUS FLATS TOGOSHIにはいろいろなスタジオがありますが、阿部さんがスタジオを使えるとしたら、どんなことをやってみたいですか。

スタジオの「ポップアップ」を利用して、昔ながらのタバコ屋みたいなお店をやりたいですね。小さな窓の奥におばあちゃんひとりが座って店を切り盛りするような(笑)。

みよし屋の店内にあるKIOSK。ここでしか手に入らないものばかり。

ーーそれはぜひやってもらいたいです……!

お客さまとFace to Faceで、自分の手の届く範囲でお店を出したいです。あとは、そこでしか買えないグッズを販売してもいいかもしれない。「ここに行く理由」をたくさん作ってあげられるような小さい場所がいい。小さくはじめて、大きな話題になるような店をつくるのは面白いかも知れませんね。

ーー最後に、これから何かに挑戦したい方、一歩踏み出したい方にアドバイスをいただけますでしょうか。

お店を始めて思ったのは、動かないと何も始まらないということ。ぼくはきっとこれから失敗をたくさんするだろうし、もしかしたらもうしているかもしれない(笑)。でもそれは修正すればいいだけの話だから、失敗するなら早いほうがいい。だから、思い立ったら早くやってみたらいいと思います。それに他人はそんなに気にして人を見ていないと思うから、まわりからの見え方を気にせずトライしたほうがいい。自分が楽しいと思えて、このエリアのためになるのなら、こういう場所を借りてたくさん実験してみてほしいです。

ーーありがとうございました! THE CAMPUS FLATS TOGOSHIからも近いので、入居したらタコスをたくさん食べに行きたいですね。

(取材・文:野口理恵/写真:太田太朗)

THE CAMPUS FLATS TOGOSHI公式ウェブサイト
※現在、入居希望説明会(6/24開催)参加申し込み受付中!
FLATS TOGOSHIについて詳しくご紹介する機会はこれがラストです。ぜひご参加ください!

THE CAMPUS FLATS TOGOSHI インスタグラム
https://www.instagram.com/the_campus_flats/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?