見出し画像

ヤクザヘヴン 【3/10】


(前回)


第三章 ヤクザ世界に羽ばたく


 ヤクザは別段秘密主義をとっているわけではなく、むしろその価値観に照らして秘密主義を嫌ってきた。だからといって、ヤクザが積極的に自らを宣伝して世間に売り込むこともなかった。平穏無事な日常生活の確保のために広島の繁栄に貢献しているだけであって、目立ったところで特に良いことはない。

 日本の政府やマスコミといったあたりも、ヤクザに対して努めて見て見ぬふりをしてきた。ヤクザの実態が全国に知れ渡って、政治家が有権者から「ヤクザにできることがなぜできない」と突っつかれるのは端的に言って不都合である。このような政府マスコミの態度は、権力から距離を置きたいヤクザにとっても好都合だ。ヤクザが無駄に目立てば政治権力から目の敵にされるだろう。ヤクザの活躍を知りながら必死に目を背ける政治家やマスコミの無様な振る舞いは、ヤクザたちにとって格好の酒の肴だった。世界への復讐の味は甘美である。ヤクザは長年にわたり広島ローカルの存在だった。

 ところが、インターネットの普及と二〇〇〇年代後半に入り急速かつ異常な発達を始めたSNSが、ヤクザを取り巻く状況を激変させた。世界遺産の効果で九〇年代末から広島を訪れる海外からの観光客が急増していたが、観光客によるネット投稿を通じて、普段は広島市民が気にも留めないヤクザの存在が、にわかに海外で注目を集めるようになったのである。

 工事現場で超人的な筋力を発揮してヤクザが肉体労働を行う光景や、ヤクザ動物が子供たちとコミュニケーションをとって楽しそうに遊ぶ光景は、宮島の鹿に負けず劣らず海外からの観光客に愛された。そのような光景を観光客はこぞって撮影してネットに投稿し、これがバズるということがしばしば繰り返された。スマートフォンの登場がこれに拍車をかけた。やがては、愛されるヤクザをモットーにしたヤクザの地域密着型の活動までもが徐々に知られることになった。そして、日本を飛び越して海外で「ヤクザにできることがなぜできない」と政治家が詰められるようになると、ヤクザが諸外国の政府から白い目で見見られるようになってきたのである。

 実際のところ、本部の理事ヤクザたちは頭を抱えた。このようなSNS発達による巻き添えは完全に想定外である。外国政府からの敵視はヤクザが最も避けたいことの一つだった。ヤクザを敵視する余り、ヤクザをテロ組織か何かのように考えて無人攻撃機を広島に送ってくるような事態にでもなれば、ヤクザたちは自ら進んで広島を去り、流浪の民にならざるを得ないであろう。理事たちは議論を重ねた。その結果、潔く諸外国に媚びを売ってお目こぼしをもらうことを決定した。オヤジはその決定を承認した。


――――――――――


 その日、国連本部の会議室に集まった常任・非常任理事国の国連大使をはじめとする各国の外交官、及び、メキシコの軍高官、FBIやDEA等の捜査機関の責任者並びに治安当局者すなわちメキシコ麻薬戦争の当事者は、好奇心と不安を胸に広島からの客を待っていた。話によると、最近ちょっとしたネットミームになりつつある広島のヤクザが、国連憲章に基づく非政府機関としての承認と諸外国との友好関係を求めて、自ら国連に売り込みをかけてきたのだという。そしてこの日、ヤクザが手土産代わりにヤクザの能力をプレゼンするというのだ。事前配布資料(極秘扱い。会議終了後要回収)に記載された、ヤクザによるテロ事件解決等の実績はたしかに目覚ましいものがある。だが今回は大それたことに、ヤクザたちは、自分たちならメキシコ麻薬戦争を簡単に終わらせることが出来ると豪語しているとか。

 会議室に居並ぶ面々がひそひそと囁き合っているところに、一人目のヤクザが入ってきた。姿勢正しい、いかにも上等そうなスーツ姿の三十路と見える男。妙な愛嬌のある、東洋人と聞いて即座に思い浮かぶ顔とはベクトルの違う猿顔である。会議室の中の何人かは、博物館を舞台にしたファミリー向け映画や、その他いくつかの悪趣味なコメディー映画に出演していた男を連想した。

 続いて入ってきたのは、体高五フィートほどもある、二足歩行する馬鹿でかい猫だった。最近ネットで見かけるようになった、客寄せパンダならぬ客寄せ猫だ。それでも実物を目の当たりにした会議室の面々は誰もが度肝を抜かれた。そして誰もが、あとで記念撮影して妻や子供や孫たちに自慢しようと密かに決意していた。

 最後に入ってきたのは、前のジッパーを閉じたレザージャケットとブラックジーンズという格好で腰に二丁拳銃を吊るした、サングラスの女だった。ボディガードでも気取っているのだろうが、銃の携行の許可を得ているのか。その服装と奇妙なボブカットは、まるでニューヨークパンクの生きた化石だ。ほぼ確実に狂人である。

 全員が登場したところで、入室したヤクザのうち最初の男だけが会議室のテーブルに席をとって、日本語らしき言語で喚きだした。日本語を解する者でなくても明らかに通常の日本語からかけ離れていると分かる、異様な抑揚のイントネーションだ。会議室の面々の一人が軽く手を上げた。

「すまないが、英語でお願いできないかね」

 猫が口を開き、英語で罵った。

「オレが通訳するから黙って聞いてろバカヤロー」

 全員が再び度肝を抜かれ、しばし呆然とした。猫がだみ声で話す英語は、あろうことか酷い英国ワーキングクラスの訛りである。我に返って主導権を取り戻そうと考えた制服姿のとある出席者が、精一杯の威厳を取り繕って指摘した。

「彼女の拳銃は一体何だね。何故銃器を携行しているのだ?」

 女が自分で答えた。

「この格好してりゃどんなバカでもアタシがヤクザだって分かるからだよコノヤロー」

 猫と同じく酷い訛りである。会議室の中を諦念が支配した。猫が同時通訳を始めた。

「だいたいテメーらはどいつもこいつも頭使わなさ過ぎだバカヤロー飽きずにドンバチばかりしやがってコノヤローどうせ軍事費もらって使ってまた予算もらって威張ることしか考えてねえんだろこのクソヤロー国民バカにするんじゃねえぞオシャブリヤロー少しは頭使えば思いつくだろこの人殺しのヘンタイヤロー何でカルテルが大儲けしてんのにコカ栽培してる百姓は貧乏人のままでコカ栽培してんだ言ってみろケツヤローコカ引っこ抜いたり除草剤撒いたところで百姓苦しむだけで意味ねえだろインチキヤロー人のこと考えねえからテメーらそんなことばっかりやってんだ少しは反省しろコノヤローそんなんだからテメーら揃いも揃って力づくで何とかしようとしか考えてねえんだタフガイ気取りのマヌケヤロー間接アプローチってのを……」

 会議室の面々は、礼儀について注意したほうがいいのか、真顔で猫に人の礼儀を説いて馬鹿にされるのではないか、と真剣に迷いながらも前代未聞のプレゼンを仏頂面で聞き続けた。そして、ほとんど罵倒ばかりの猫の言葉の中に混じる説明の断片を繋ぎあわせた結果明らかになったのは、確かに前代未聞のプランだった。


――――――――――


 快晴の空の下、国連本部ビル前の広場で記者会見が始まった。世界各国から集まった報道陣を前に、上品にスーツを着こなした愛嬌のある顔の男が演台に立ち英語で話し始めた。男はまず集まった報道陣に感謝の言葉を述べた。次に自らについて、広島のヤクザ使節団の代表、ツトム・タチバナ元海軍少佐であると自己紹介した。嫌味ったらしいほどの完璧なボストン訛りの英語だ。わざわざ元軍人の肩書を自称したのは、元高級将校と聞くと支持政党を問わず誰もが安心感を抱く合衆国国民の謎心理を意識したのだろう。先ほどまで会議室にいた面々はようやく、自分たちはコケにされていたのだと悟った。

 タチバナ氏は彼らヤクザを、不幸にして核の被害を受けた者の緩やかな連帯の組織であると説明し(ここで彼は自らをアルコール依存症患者の集まりに例えて笑いを誘った)、第二次大戦後、一貫して平和と地域社会への貢献を目的とした活動を行っていること、一切の政治権力から中立を守っていることを語った。政治家もかくやという調子で、彼は居並ぶカメラに向かって語り掛けた。

「これはやや極端にシニカルな見解であるとの向きもあることは私も承知しております。ですが、私たちヤクザは常にこういう疑問が頭から離れぬのでございます。持つ力が強大であればあるほど、その者にはより大きな責任が伴うと言われております。ですがそれは果たして、その者がその強大な力をもって大きな問題に対処すべきことを意味するのでしょうか。そのためにその強大な力を行使することを直ちに正当化する根拠についてはいかがでありましょうや。強大な力を持つと自負する者がその力を振るう時、私たちの住まうこの世界に新たに別の問題が発生しないと、何故言えましょう。大きな問題は、大きな力ではなく多くの人々の意思によってこそ、解決されるべきものではないかと、私たちは考えるのです。私たちヤクザは、何より地元住民の幸せを願うがゆえに、かかる疑問に真摯に向き合い、自らを縛ってきたのでございます。幸いにして、私たちヤクザの試みは幸運にも助けられ、私たちの故郷にてたぐいまれなる成功をば収めたようであります。ですが広島の外に目を向けると、世界はますますの混迷に満ち溢れ、世界の誰もが本来共有できるはずの隣人愛を見失ってしまったかのように見受けられるのが大変な悲しみを誘うのでございます。それゆえに、私たちヤクザはついに決断しました。広島から世界に活動の場を広げることを。そして、私たちが敢えて自らの力の行使を制限したことで何が可能となったのか、そのことを皆さまにお見せして、私たちの隣人愛を世界に広げようと」

 まだスピーチの途中ではあるが、拍手が沸き起こった。タチバナ氏は笑顔で軽く手を振りこれに応えた。彼の背後に控えるボディガードらしき、異様な黒づくめのサングラスをかけた女は、無表情のまま微動だにしない。タチバナ氏がスピーチを続行しようと再び口を開きかけたその時、突然、見たこともないような大きさであることを除けば平凡な雑種のイエネコが、タチバナ氏に小走りで近づき、演台の上に飛び乗った。タチバナ氏はややぎょっとした後、努めて平静を装いつつ、苦笑しながら猫に話しかけた。

「おや、ヒッポじゃないか。悪い子だ。おとなしくしてなさいと言いつけたのに。ほらヒッポ、皆様にご挨拶なさい」

 猫は一つあくびをしてから、そのまま演台の上から半分はみ出すように丸まって、目を閉じた。報道陣の誰もが笑顔になった。この可愛らしいハプニングは大層数字になるだろう。先ほど会議室にいた面々は怒りに震えた。自らの経験から、これがあざといまでのイメージ戦略に基づく茶番であると即座に見抜いたからだ。

 タチバナ氏は猫の頭を撫でてやってから、本題に入った。今回の訪問の趣旨、すなわち、ヤクザによるメキシコ麻薬戦争終結工作の提案。彼は、ヤクザは間接アプローチを重んじると述べた。そしてその観点から重要となる諸要素を列挙した。一年間に中南米諸国で生産されるコカイン量。そのうち、最大の生産国であるコロンビアのコカインが、メキシコのカルテルが扱う商品に占める割合。コロンビアの農村部就労人口約四〇〇万人、仮にその半数にあたる未就労人口があると見積もって計六〇〇万人。コロンビアにおいて何らかの形でコカイン産業に携わる者の割合約五パーセント。

「以上の数字から、私はコロンビア国内でコカ栽培を行う農民とその家族の総人口を約三〇万人と推計するのでございます。彼らは皆、様々な経済的苦境に陥ってやむなく過疎地に逃れてコカ栽培を生業とするものであり、彼らの全てが労せずしてこのような苦境から脱することが可能なのであれば、コロンビアからのコカイン供給は早晩絶えて無くなるのです。端的に言いましょう。この三〇万人がコロンビアから消滅すれば、コカを栽培する者がいなくなる。彼らがいなくなった後、これまでコカを栽培せずとも生活できた農民が、敢えて奴隷の如き生活に身を投じて新たなコカ栽培の担い手になると予想すべき合理的理由はございません。すなわち、コロンビアからカルテルへのコカイン供給それ自体の消滅です。実際には、その供給の一部でも短期間で消滅すれば、麻薬カルテルは仕入れる商品の不足に起因する深刻な内紛と対立に直面し、組織の維持に困難を生じるでしょう。では三〇万人をどう消すのか」

 タチバナ氏は勿体付けて見せた。報道陣は急に、彼が悪魔的な過激な手段を提案するのではないかと不安になった。だがその予想は外れた。彼は懐から、象徴的な緑色の紙片を取り出して、報道陣に示した。

「答えはこれです。私たちヤクザは麻薬問題解決のお手伝いとして、手始めに、コロンビアでコカ栽培に携わる皆様とその家族に、無償かつ無条件での広島への移住をお約束するとともに、私たちと深い関係にある東洋重工及びその関連企業の協力を得て、広島に移住なさる全ての皆様に、日本人と変わらぬ待遇での仕事と住居と社会保障を提供する用意があることをお知らせします」

 報道陣は騒然となった。質疑応答が始まった。報道陣は矢継ぎ早に質問し、タチバナ氏がこれに答えた。約三年の期間があれば三〇万人全てを広島が受け入れることが可能であること、無論、このプランに賛同する国が同様の移住受け入れ先となることは大いに歓迎すること、広島は元々南米への移民を送り出した歴史があり、後になって帰国した日系人その他の南米出身者のコミュニティがあること、移住者の子供たちもスペイン語対応の日本の公教育を受けられること、移住はあくまで一時的なものであり、永続的な移住を選択するも財産を築いて帰国するも移住者の自由であること、コカ農家のほとんどが移住の手続きのために都市部に移動することが困難な地域にあるため、ヤクザの秘密兵器をもってヤクザの側からそういった農村部を前もって予告した日に訪問すること、ヤクザの秘密兵器と選りすぐりのヤクザ戦闘員がささやかながら護衛を提供すること等々。

 タチバナ氏の後ろにいる女が件の戦闘員である、と推測した記者が質問した。

「あなたの後ろの女性のお名前は?」

 サングラスの女が二丁拳銃を抜き、銃口を上に向けポーズをとって、無表情に名乗った。

「ジョン・ウー・ラモーン」

 やや受けた。さほどバズらなかった。一部の報道機関は、それを女の本名として伝えた。会見はリラックスした雰囲気となった。ヤクザのプライベートについていくつか質問が飛んだ。とある記者が質問した。

「好きなミュージシャンはいますか?」

 タチバナ氏が答えた。

「私は一九四〇年代以降の所謂モダンジャズを好んで聴きますが、これは余り面白い答えではありませんね。ひとつ、ヒッポに聞いてみましょうか。ヒッポや、好きなミュージシャンはいるかい?」

 猫があくびをして目を開け、喋った。

「ベズだ。ハッピー・マンデーズの」

 猫は演台を降りて後ろ足で立ち、クネクネとカクカクが奇妙に融合した出鱈目な踊りを踊り始めた。報道陣がどよめき、猫の映像が凄まじくバズった。「#YAKUZA」が全世界であっという間にトレンド入りした。そしてとある記者が致命的な質問をした。

「ミズ・ラモーンが好きなミュージシャンは?」

 ラモーン女史がサングラスを取った。猫が突然ダンスを止めて、だみ声の口三味線とともにエアギターを始めた。

「ワウワウワワカ、ワウワウワカワカワカ、ワウワウワカ、ワウワウワカワカワカ」

 そしてラモーン女史がレザージャケットの前を閉じていたジッパーを下げた。彼女がレザージャケットの下に着ていたのは、真っ赤な星のマークが大きくプリントされたカーキ色のタンクトップだ。猫が口三味線するギターリフの模倣と思しき旋律に合わせて、ラモーン女史はその場でぴょんぴょん跳ね始めた。タンクトップをダイナミックに揺らすその胸部からは暴力性しか感じられない。ジャンプをやめたラモーン女史はマイクを握る真似をしながら酷い訛りでラップを始めた。ある記者が遅まきながら気付いて皆に警告した。これは、合衆国国内でことあるごとに放送自粛の扱いを受ける事で有名なバンド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの代表曲だ。

 会見は即座に中止となった。猫のエアギターも相当バズった。ラモーン女史の身体を張った映像は「#YAKUZA」のハッシュタグに助けられ、お情け程度にバズった。


――――――――――


 翌週、セツコとヒッポは早くもコロンビアにいた。ここはコロンビア南部エクアドル国境地帯のとある寒村の近く。この当時は、全盛期に比べると勢力が衰えたとはいえ、コロンビア革命軍(FARC)とコロンビア政府が和平交渉を決裂させたりまた交渉を再開させたりを繰り返していた時期。一時のようなFARCが完全支配する「非武装地帯」は公式には存在しないことにはなったものの、ここは事実上FARCの支配地域だった。こういったジャングル同然の場所で、FARCは経済的事情からこのような過疎地に逃れてきた農民を事実上の奴隷にしてコカを栽培させ、資金源としていたのである。ここが最初の作戦地域に選ばれたのは、FARCに向けたデモンストレーションを兼ねているからだ。

 寒村の近くの、密林を切り開いて作られたコカ畑の一つには、セツコたちに同行した政府軍兵士も地元住民もまとめて仰天させたヤクザバード2が既に着陸しており、機体から降ろされ前扉が開いたコンテナと集まった村民を囲んで、政府軍兵士が警護している。早くも広島移住の手続きが開始されており、村民が総出でヤクザバードに向かって行列を作っていた。こうして地道に一日あたり三〇〇人も移住させれば、三年あれば三〇万人の移住が可能だ。実際にはその随分前にカタが付くだろう。当然、組が保有するヤクザバード2は一機だけではない。

 セツコとヒッポがいるのは、ヤクザバード2からやや離れた、村に通じる未舗装道路とヤクザバード2の周囲のジャングルの両方を同時に警戒できる木の上である。スーパーヤクザテクノロジーによって所謂光学迷彩を実用化した「ステルス風呂敷」を被り、合衆国特殊作戦コマンド向けに開発されたMk14拡張バトルライフルを構えた野戦服のセツコに、一つ上の枝でやはりステルス風呂敷を被り双眼鏡を構えていたヒッポが囁いた。

「客じゃ。一〇時方向、林の中を散開して分隊規模で来とる」

 セツコもライフルのスコープで視認した。当然サングラスは外している。二〇〇メートル弱の距離。問題なく仕留められる。

「いけるよ。FARCの偵察じゃろうけど、どうする?」

「やれ」

 サプレッサーで低減された銃声がほぼ〇.五秒ごとに立て続けに鳴った。セツコが放ったどの銃弾も等しくゲリラ兵士の胸部に命中し、赤い液体を吹き上げる。あっという間に八人のゲリラが崩れ落ちた。セツコはにやりと笑った。ここからが見ものだ。

 しばしの間をおいて、自分が死んでいないことに気付いたゲリラたちが、一様に呆然とした表情になった。そして、命中したのがペイント弾だったと気付いた順に、今度はパニックに陥った。彼らは姿なきヤクザの無言のメッセージを受け取ったのだ。殺すつもりなら、いつでも殺せる。慈悲として示されたそのメッセージはたちどころに、彼らが刃向かおうとしている相手が、彼らとは全く次元の違う存在であるという事実を徹底的に叩き込む。彼らは腰を抜かして無線機に何事かを口々に喚き散らしながら、密林の中を退散した。予め飛ばしておいた小型ドローンがこれを追跡した。

 これがヤクザの流儀だ。ゲリラ程度を殺すのは簡単だ。だからといって、特に殺す必要もないのに殺せば、その仲間はムキになる。こうやって敢えて生かして見せれば、逃げ帰った者がヤクザの恐怖を仲間内に宣伝してくれる。確実に死ぬと分かれば、生身でヤクザの邪魔をしに来る愚か者はじきにいなくなるだろう。双眼鏡で結果を確認したヒッポが呟いた。

「さて、どう出てくるかの」

「ドローンで今の奴らのアジトが分かったら、こっちから潰しに行こうかいね?」

「そんなん弾の無駄じゃろ。どうせ今日でこの辺の百姓はおらんようになるんじゃけ、残ったゲリラのあほんだらが何しようが後は好きにさせりゃあええんじゃ」

 それから警戒を続けて二時間ほどたったところで、通常の無線通信でドローンが送ってくる情報をタブレットで確認していたヒッポが舌打ちした。

「ほんま大儀(たいぎ)いの、腐れ外道どもが」

「どしたんね」

「さっきの奴らの連れじゃの。あれで本気出したつもりなんか、テクニカル四台で来よったわ。八時方向」

 つまり、トヨタか何かのピックアップトラックの荷台に重機関銃を積んだ腐れ外道だ。

「走り抜けながら百姓に弾浴びせれば脅しになるとでも思うたんかの」

「やる?」

「近付かれるだけ迷惑じゃ。潰してこいや」

 セツコは無言で頭上のヒッポにライフルを差し出して預けた。そしてセツコの姿が霞み、消えた。


――――――――――


 先頭車両に乗車していた者には、未舗装路のど真ん中に立つ迷彩服の女は、突然ワープで現れたかのように見えただろう。先頭車両から五〇メートルほど先の地点にいきなり出現したセツコに対して発砲すべきかどうかの判断もできないうちに、車列はセツコの脇を通り過ぎようとした。セツコはすれ違う車両に次々と容赦のない蹴りを叩き込んだ。

 四台のピックアップトラックが順に吹っ飛び、荷台からゲリラが放り出された。ピックアップトラックは、道路とジャングルの際の土を掘り下げただけの側溝に転がった。

 素手のまま仁王立ちするセツコの前に転がる四台ピックアップトラックから、やがて乗っていた者が這い出し、荷台から放り出された者も起き上がり始めた。その者らに向かって、セツコは無言で小さく顎を動かし、ゲリラが来た方向を指し示した。そのメッセージを理解した者が一人、また一人とよろよろ逃げ帰った。三人目の者は愚かだった。まだ年若いその顔に、セツコに対する無謀な対抗心が湧き上がるのが見えた。迷いながらも、その若者は胸に装着したホルスターに手を伸ばした。

 セツコはヤクザとして、既に慈悲を見せた。テクニカルを持ち出してきた者も難なく捻って見せ、抵抗を諦めた者はそのまま帰らせた。だが、それでもなおヤクザに銃を向けようとするのであれば……ヤクザは銃によって応えねばならぬ。

 無言のまま、セツコは若者を目で制止した。だが若者の手は止まらなかった。若者の手が拳銃のグリップに触れた瞬間、セツコは右腰のホルスターから抜いた銃を若者の目を見据えて二連射し、銃をホルスターに収めた。

 セツコはそのまま倒れた若者を睨み続けた。その憤怒を感じ取った残りのゲリラが我先にと去って行った。

 その時、騒ぎを聞きつけたらしい政府軍の兵士たちがジープで到着した。セツコの射撃が遠くから見えていたのだろう。助手席から降りて近付いてきた隊長らしき男が若者の死体を一瞥した後、セツコに称賛の眼差しを送りつつ、スペイン語で何か卑猥なことを言った。セツコは若者を見下ろしていた視線をそのまま男に向けた。そのひと睨みだけで男は凍り付いた。


――――――――――


 こうしてヤクザの音頭により実行に移されたコカ農家先進国移住プロジェクトは、大々的に報道された。FARCによって奴隷同然の扱いを受けていた農民たちが笑顔で日本に移住する喜びと将来の希望を語る映像や、側溝に転がって放置されたピックアップトラックをセツコがテレビカメラの前で面白半分に蹴り転がして見せる映像がコロンビアの国内外で放映されると、じきにヤクザや移住希望の農民に表立って危害を加えようとする者は消えて行った。カルテルの手先やFARCといった組織が手を引いた地域では、移住希望の農民を村々から一か所に集合させて効率的に移住手続が行われるようになった。ヤクザ以外にも協力を申し出る政府が徐々に現れた。移住プロジェクトは加速した。

 合衆国内でこのニュースが流れる際には決まって、メキシコ麻薬戦争のために費やされる軍やDEA等の年間予算額が紹介され、暗にこれまでの直接アプローチの非効率性が批判された。メキシコ麻薬戦争の合衆国側の当事者は苦虫を噛み潰した。

 半年後にはメキシコ麻薬カルテルへのコカイン供給不足が表面化した。ただの一割程度の供給量減少に見えても、売れ行きがこれまでと変わらなければ、やがて在庫が底をつくことを意味するのだ。すなわち、メキシコのカルテルは商品を市場に安定供給できなくなる。この先も供給の不足は確実に悪化する見通しだが、だからといって商品の安易な出し惜しみや値上げに及べば、国境の北にいる売人とのトラブルを招く。所詮は金で結びついた組織だから、金に関して不満を持つ者が増えれば組織の規律は崩れる。カルテル同士やカルテル内部の血で血を洗う抗争の本格化は目前だった。

 だがヤクザは更に手を打った。カルテルの人間は単なる腐れ外道だから、死ぬなりなんなり勝手にすればいいのだが、その争いに巻き込まれる現地住民はたまったものではない。それよりも、現地住民を積極的にカルテルから離反させるべきだ。パブロ・エスコバルの時代から現在まで一貫して、カルテル存続の必須条件は地元の支持である。そこはヤクザもカルテルも変わらない。それどころかカルテルに至っては、ボスの自宅住所が密告されるだけで、合衆国が捜査と称してエリート特殊部隊の隊員であることを隠した殺し屋を送ってくるのだ。重要なのは、こういった離反がヤクザと関係なく起こっていると思わせることだ。現地住民がヤクザの関与を意識せずに、自発的にカルテルから離反するように仕向けねばならない。ヤクザの工作だとばれてしまうと、逆に地元住民はヤクザを敵視するであろう。極秘ヤクザエージェントの出番である。


――――――――――


 麻薬カルテルと政府との殺し合いが日常茶飯事のメキシコではあるが、国民の多くが信心深く、カトリックの信仰とともに、先住民の文化に由来する要素が混じった独特の聖人・聖母に対する信仰が深く根付いている。中でもとりわけ敬愛されているのは、グアダルーペの聖母だ。メキシコシティ近郊のテペヤクの丘に早くも一五三一年に出現したという褐色の聖母は、当時から広く民衆の信仰を集め、後にローマ・カトリック教会もこれを聖母出現として公認したほどである。最も著名なテペヤクの丘にある巨大な大聖堂をはじめとして、メキシコの各地にこの聖母の名を冠した教会が存在する。

 メキシコ北西部、カリフォルニア湾に面して長く伸びるシナロア州はメキシコ最大のカルテルの本拠地であるが、当然、州のどこもかしこも殺伐とした戦場と言うわけではない。その州都クリアカンは人口七五万人を数え、この街にも存在する立派なグアダルーペの聖母教会は、街で最も賑やかな繁華街の中心にある。

 その繁華街、やがて北から流れ来るウマヤ川と合流してクリアカン川となろうとする、市の中心部を貫いて東から流れるタマスラ川の南岸、プリメル・クアドロ地区に、清らかな乙女そのものの姿をとった聖母が降臨した。


――――――――――


 とある土曜日の昼下がり、北に進めばやがてグアダルーペの聖母教会へと至る、多くの自動車が行き交うプロロンガシオン・アルバロ・オブレゴンの大通りに、貫頭衣のような白い薄衣を着た褐色の肌の小柄な少女が、ボディガード然とした二人の黒服を従えて現れた。その奇妙な取り合わせに歩道を歩く地元住民が時折振り返る中、立ち止まった少女は、瞼を半ば閉じ、天を仰いでその美しい顔に恍惚とした表情を浮かべた。少女はやがて宙に浮きあがった。

 市民の誰もが唖然として少女を見守った。たちまち車道は大渋滞となった。自動車から次々とドライバーや乗客が車道に降りて、歩道の市民と同じく少女を見守った。地上から二メートルほど浮き上がったまま、少女は車道のど真ん中に移動した。

 宙に浮く少女は、大通りを北にゆっくりと進み始めた。どよめきが大通りを包んだ。少女に付き従う、サングラスで完全に表情を隠した黒服は、アタッシェケースから紙の束を取り出して沿道にばらまき始めた。それを拾った市民が目にしたのは、聖母からのメッセージだった。曰く、聖母が、民衆に神の御意思を伝えるために降臨した。シナロアをはじめとするメキシコ各地に巣食う麻薬カルテルは信仰の敵である。カルテルに便宜を図る者は誰であれ、神の怒りに触れるであろうと。

 市民は撒かれたビラに群がった。次々と聖母を称える声が湧き、大合唱となった。多くの市民が涙を流した。誰もがこぞってスマホ撮影し、あるいは端末を耳に当ててがなり立てた。市民によるSNS投稿は、立って喋る猫どころではないネット史上最大のバズりっぷりを見せた。

 別な反応を見せる者もいた。歩道上に、上等なジャケットと粋な口ひげの一人の男がいた。男は拾ったビラを片手に、血相を変えて誰かと通話していた。通話を終えた男は、即座に懐からクロームメッキのデザートイーグルを抜いた。そして男は躊躇なく少女に向かって発砲し、マグナム弾を浴びせた。立て続けに銃声が轟き、市民の中から悲鳴が上がった。

 だが、シカリオらしきその男が放った銃弾は、少女の二メートルほど手前で見えない壁に阻まれた。空中にしばし留まった銃弾は、やがて音を立ててアスファルトに落下した。呼吸を忘れて見守っていた市民たちが、我に返って大歓声を上げた。神と聖母を称える声が溢れる中、銃を抜いたまま茫然自失のシカリオが彼の周りにいた市民たちに囲まれ、あっという間に袋叩きにされた。

 少女は背後に黒服と大群衆を従えながら北に進み、やがてグアダルーペの聖母教会にたどり着いた。一〇数分前に急報を受けていた司祭が、硬直して出迎えた。彼自身は本気で聖母など信じていなかったのだ。司祭を前にして、再び少女が地に降り立った。少女は司祭の顔を振り仰いで、彼に向かって右手をかざした。不可視の力が司祭の肩にのしかかり、司祭は意に反して跪いた。司祭は、顔をわななかせながら少女を見上げた。少女は司祭に微笑みを返した。

 司祭はさめざめと涙を流し始めた。人目もはばからずに泣きながら、彼は祈りの言葉を口にした。そして、懺悔したいと少女に向かって懇願した。

 黒服の一人がこれを妨げて言った。

「懺悔したいことがあるなら、紙かなにかに書き出せ。詳しく。あとで聖母様にお届けする」

 ややイントネーションが硬いが、流ちょうなスペイン語だ。司祭はその黒服に向かって小刻みに繰り返し頷いた。続けて黒服が、宿泊設備はあるかと聞いた。司祭は「はい」と答えた。更に、バスルーム付きの個室はあるかと聞かれて司祭は肯定した。黒服は案内するよう要求した。

 教会の周囲を埋め尽くす大群衆が見守る中、少女と黒服は教会内に入った。司祭は自分の居室を少女たちに提供した。部屋の前に辿り着くと、黒服は司祭に対し、聖母様は明日のミサで皆の前でメッセージを伝える、それまでは誰にもお会いにならないと言い渡して、司祭を追い払った。

 少女は室内に入った。黒服の一人がドアを開けて、顔を覗かせた。

「古賀野さんお疲れっす。なんか要るもんありますか?」

 少女が答えた。

「何か適当に酒と、あと着替え。短パンとTシャツとかでいい。俺はとりあえずひとっ風呂浴びる」

「了解っす」

 黒服は首を引っ込めてドアを閉めた。尻をぼりぼり掻きながら、少女は室内を確認して回った。バスルームを見つけると、少女は中に入ってドアを閉じた。バスルームの中からトイレの水を流す音が聞こえた。やがてシャワーの音が流れた。

 しばらく経って、買い物を終えて戻ってきた黒服が、いくつかの紙袋を抱えて室内に入ってきた。人が見当たらない室内を見て、黒服はやや大きめの声で呼びかけた。

「戻りましたー。 古賀野さん何処っすか?」

 シャワーの水音が止まり、次いでドアが開く音がした。部屋の奥から、腰にバスタオルを巻いた小太りの男が現れた。カエルか何かを連想させる顔つきだ。その男を見た黒服が紙袋を差し出した。

「これに着替え入ってますんで。あとこっちの袋が酒です。コロナとテキーラですけど、これで良かったっすか?」

「おう勿論。ありがとな」

「お安い御用っすよ。俺らの分もついでに買ってきたし」

「そうか、それじゃまた後でな」

 黒服は部屋の前での歩哨に戻った。その背中を見送った古賀野と呼ばれた男は、ソファに深く腰掛け、コロナの栓を指で捻って抜き、ぐびぐびと喉を鳴らして飲んだ。そして今日の光景を思い出して、軽くせせら笑った。まったく、どいつもこいつも簡単にひっかかる。何が信仰だ。オッサンが化けた小娘がちょっと宙に浮いて見せれば、何でもかんでも小娘が起こした奇跡だと思い込む。小娘が浮いたのも銃弾を止めたのも、あの司祭を跪かせたのだって、全部後ろにいた重政兄弟の能力だというのに。

 さっさとコロナを飲み干した古賀野は、テキーラに取り掛かる前に、重政弟が持って来てくれた服に着替えることにした。


――――――――――


 翌朝のミサには、前代未聞の大群衆が教会に詰めかけた。誰一人として聖母の降臨を疑っていない。疑り深いマスコミはヤクザの関与を勘繰って、既に前夜の内にヤクザに問い合わせていた。今やヤクザのスポークスマンとなったタチバナ氏が、即座に納得のコメントを発表した。

「我々ヤクザは、核兵器使用の被害を受けた広島の住民の集団である。子供のヤクザは、比較的近年になってヤクザ同士が結婚したことで生まれた、ごく限られた数しか存在せず、ましてやあの少女のようなラテンアメリカ系の子供ヤクザは存在しない。当方は無関係である」

 マスコミはタチバナ氏に、ついでに今回の件についての感想を求めた。タチバナ氏は回答した。

「我々ヤクザの公式見解としては、一切の宗教に関して、その信仰の是非及びこれに関連する事項についての解釈ないし論評を明らかにすることはない。ただ個人的な見解に限って言えば、ヤクザや宇宙人が実在する以上、聖母の降臨に限ってこれを特に不思議と思うべき理由は何ら存在しない」

 これらのコメントとともに、聖母降臨は既に全世界で報道されていた。

 再び黒服二人を従えて民衆の前に姿を現した少女は、マイクを前に、ややたどたどしいスペイン語で、前日に撒かれたビラと大差ない内容のごく短いスピーチをした。群衆は、少女が口を開いて発した肉声が聞けただけで、スピーチの内容そっちのけで感動した。スピーチの最後に、少女は、自分はいずれ再臨するだろうと予言した。

 演説を終えた少女は、微笑んで両手を広げた。大群衆が見守る前で、少女と、手荷物を持った黒服二人がまとめて浮き上がった。そして、そのままどんどん上昇し、遠ざかった。

 聖母は天に消えた。


――――――――――


 その後も、メキシコに留まらず、コロンビア、ペルー、ボリビアといった国々のコカイン産地やカルテルに関係の深い地域に、不定期で聖母が繰り返し再臨した。カルテルの地元ですら、民衆が続々とカルテルから離反した。

 カルテルに関する捜査機関への情報提供と、これに基づく逮捕・摘発が大幅に増加したが、それよりもはるかに激増したのは、幹部を含むカルテル構成員の自首であった。コカイン供給不足に起因する組織の混乱から、このビジネスの将来を見限るしかなかったのだ。

 最初に聖母がクリアカンに降臨した際に司祭から入手した「懺悔」、つまり、シナロア・カルテルの幹部の個人的交際等々に関する情報は、ヤクザから合衆国政府の手に渡った。何もヤクザが全ての手柄を独り占めする必要はない。

 国連本部でのヤクザのプレゼンから一年余り。メキシコの麻薬カルテルが瓦解し合衆国・メキシコ両国の政府が麻薬戦争の完全勝利を宣言するまでに要した時間は、たったそれだけだった。


――――――――――


 かくしてヤクザは世界に羽ばたいた。何でもかんでもやたらめったらにグローバル化する混迷の現代を生き抜くため、ヤクザは一大方針転換を行った。そして、全方位に向かって全力で媚びを売った。

 一部の極秘ヤクザを除き、ツイッターやインスタグラムの利用が推奨された。非軍事的活動のみを行うヤクザバードは、出動するたびに地元住民の大歓声に迎えられた。「爆破解体ビル屋上から生配信」「岩国基地のSEALsにアポなし突撃取材」といったヤクザにしか成し得ぬ狂気の動画配信を行うヤクザアイドルユーチューバーは、ヤクザの広告塔として世界のネットアイドルの頂点に昇りつめた。ちなみに、合衆国海軍特殊部隊SEALsの極東担当部隊であるチーム5が、広島のヤクザのほか、長崎や博多を監視する目的で岩国基地に常駐している事実は公然の秘密である。

 インテリヤクザシンクタンクも遠慮会釈抜きで国際問題についてのレポートを行い、しばしば諸外国の政府をイラつかせた。サマリーの一部を紹介すると、例えば次のとおり。

「欧州連合加盟各国の予算が各々独立しているにもかかわらず、欧州連合内の一部大国のみがユーロの発行権を持つ中央銀行を事実上支配しているという構造を通じて、ユーロと欧州連合は、結果的に、欧州連合の一部大国が他の加盟国に不況を輸出するシステムとして機能している」

 だが、そういった政治権力を除けば、世界のか弱きもの全てがヤクザの味方だった。

 うまくいかなかった試みもある。例えばヤクザのハリウッド進出。これはスタントマンの仕事を根こそぎ奪って失業させてしまうというので、ヤクザは映画俳優組合から締め出されてしまったのだ。

 とはいえ、ヤクザの試みは概ね成功した。実を言えば大成功だ。ヤクザと長崎や博多との関係は、端的に言って半永続的な冷戦状態だ。だが、それを除けばヤクザ存続の見通しは極めて明るい。ヤクザ黄金時代が到来するかに思えた。

 だがそこに、よりによって聖堂騎士団団長を名乗る、長崎からの招かれざる客がヤクザを訪問したのである。


【続く】