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“海を大切にしたい――熱い思いを共有するコミュニティづくりを通じて、仕組みを変えていく” キャンプ長 佐々木ひろこ

レストランのシェフたちと共に、豊かな海と食文化を未来につなぐための活動を続ける「Chefs for the Blue」。この5月から3カ月にわたるプログラム「THE BLUE CAMP」を始動します。主役は、これからの社会を担う学生たち。トップシェフが関わる「Chefs for the Blue」だからこその、学びと実践がぎゅっと詰まったプログラムについて、キャンプ長の佐々木ひろこ氏から話を聞きます。

多様な関心事を入り口に集まる仲間とともに、海の課題解決にチャレンジしていく


——「THE BLUE CAMP」はどんなプログラムなのでしょうか?

学生の皆さんと共に、3カ月かけて海や食の世界のことを学び、最後に”海の未来をつくるレストラン”を8月に6日間企画・運営するというプログラムです。

メンバーは東京と京都それぞれで最大8名募集します。まず、海や水産業、レストラン経営に関する講義をオンラインで受けていただき、その後、実際に漁場に行って漁の様子を見て、漁師や流通の方から話を聞く機会を設けています。さらにレストランでの研修で実践的な学びを得ながら、メンバー全員で理想のレストランを作り上げていきます。

メニューを考えたり、仕入れや調理、サービス、収支の計算まで、すべて学生の皆さんにやっていただきます。お客様も一般の方々を想定しているので、とてもリアルな形でレストランの仕事を体験できると思います。もちろん、トップシェフや私が常に伴走し、アドバイスやサポートをしますので安心して参加してください。

——料理ができなくても参加できますか?

もちろんです。レストランは、料理人、サービスマン、経営者、様々な仕事の集合体で成り立っていますので、調理以外の仕事も必要不可欠です。料理が得意な人だけでなく、マネジメントについて知りたい人、流通業に興味がある人、海が好きな人、社会課題に挑戦したい人、いろんな方に応募していただきたいですね。

なぜ魚が減っているのか――深刻な状況を知り、危機感を原動力に


——「Chefs for the Blue」の設立から今年で7年目を迎えます。活動を始めたきっかけについて教えてください。

日本の海の生産量は1984年をピークに減り続けていて、この40年程で3分の1にまで落ち込んでいます。ヒラメやブリなど一部を除き、ほぼ全ての魚の漁獲量が減っています。このままでは、今まで当たり前のように食べてきた魚が食べられなくなってしまうかもしれません。

私がこうした海の状況を知り、危機感を覚えたのが、2016年のことです。20年ほどフードジャーナリストとして食に関わる様々な取材をしてきましたが、ここまで海が深刻な状況だとは認識していませんでした。日々、食材として魚を扱っているシェフたちも同じでした。
「まずは知ることから始めよう」とシェフたちと共に勉強会を始めたのが、「Chefs for the Blue」の活動の始まりです

——魚が減っているのはどうしてですか?

原因は魚の種類や海域によっても異なるので一概には言えませんが、海洋汚染や栄養不足、温暖化の影響などが考えられています。 水温が上がったことで、卵の孵化や幼魚の生育が難しくなったり、産卵場所でエサも豊富な藻場が消えて生きられなくなっているのです。適温を求めて日本沿岸から冷たい海域へと北上したり、海流が変わって日本近海に近づかなくなった魚もいます。
また、魚を獲り過ぎたことも大きな要因の一つで、今、国を挙げて対策に取り組んでいます。

海の未来のために、社会全体で意識と行動を変えていく動きを加速させたい


——これまでセミナーや試食会、サステナブルシーフード(持続可能な漁業や養殖によって生産された海産物)を使ったレシピ開発など、様々な形で啓発活動を続けてきましたが、成果はいかがですか?

活動を始めて間もない頃、ファーマーズマーケットにフードトラックで出店し、環境負荷の低い漁業や養殖業を営む漁業者さんの魚を使った料理を提供するイベントを行いました。料理はとても好評だったのですが、人気シェフたちが参加していたにも関わらず、メディアには全く取り上げてもらえませんでした。社会の関心がまだまだ薄いことを痛感しましたね。

それがこの数年で新聞や雑誌、テレビなどで海の現状について報道される機会が増え、一般の方たちにも少しずつ危機感が伝わっているのを感じます
でもまだまだ足りないですし、漁業の現場に大きな変化が見られないのも事実です。2020年、約70年ぶりに改正された漁業法が施行され、持続可能な水産業に向けて漁獲量を規制するためのロードマップが発表されましたが、予定どおりには導入が進んでいません。

もちろん魚が減っているのは獲り過ぎだけが原因ではありませんが、環境が悪化して魚が増えづらくなっているなら、より獲り方を考えなくてはいけません。海のバランスを回復させるためには、この改革をもっと後押ししていくことが大事だと感じています。

——改革が軌道にのらないのはどうしてでしょうか?

今まで通りではなぜいけないのか、現場の漁業者にしっかりと理解されていないのが原因の一つだと思います。とはいえ、この問題は決して海の中だけで解決するものではありません。魚は水揚げされた後、漁港の浜仲買や卸売市場を経由して、加工企業やレストラン、スーパーなどの小売店に卸され、最後に消費者の口に入ります。

レストランや小売店は消費者が求めるものを仕入れ、仲買や卸も売り先があるから魚を買い付けます。消費者が変わらなければ流通は変わらないし、流通が変わらなければ漁業者も変わることができないのです。
漁業者だけでなく、流通、消費者、魚に関わる全ての人がこの問題について理解し、海の未来を作るためには意識と行動を変えていかなければいけません。

生産者と消費者を繋ぐレストランは問題の全体像を把握できる


——レストランの企画・運営というのはとても面白いですね。

生産者から仕入れた食材を、料理人が加工し、消費者に繋ぐ。レストランは、食材のスタートからゴールまでの全体像をコンパクトに把握し、直接関わることができる特別な場所です。
日頃から生産者とも消費者ともコミュニケーションをとり、両者を繋ぐ役割を果たしている料理人と一緒にこの海の問題を考えていくことは、きっと大きな学びになると思います。

また海外では、トップシェフたちが食を取り巻く様々な社会課題の解決に向けて取り組んでいます。2010年頃に欧米で大西洋クロマグロの漁獲規制が始まったのも、フランス人シェフの功績が大きいのです。
日本のシェフたちも技術、熱意共に世界一だと私は思っています。3カ月間、彼らの生の声を聴き、近い距離でその素晴らしさを感じていただきたいですね。

「THE BLUE CAMP」を通じて、学生の皆さんの未来に貢献したい


——「THE BLUE CAMP」を学生対象にしたのは、どんな思いからですか?

世の中全体の意識や仕組みを変えていくには、これから社会に出る若い方たちの力が必要です。
食は幅広い分野と関わりがあります。もっと言えば、食べることは生きている限り、すべての人が切り離すことができません。様々な仕事に関係し、また生きることにも直結したこの問題を、これから人生を切り開いていく皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

興味や得意なことは違っても、「海を大切にしたい」という熱い思いを共有した同世代の仲間と出会い、語り合う場にもなるでしょう。また、漁師、流通業、ジャーナリスト、料理人、行政官など様々な分野の大人たちから直接話を聞くのも貴重な体験になるはずです。その中で、「こんな大人になりたい」「こんな働き方をしたい」と思えるような人に出会えるかもしれません
今回のプログラムが、いろんな形で学生さんたちの未来に貢献できたらうれしいですね。

——「Chefs for the Blue」としても、新しいチャレンジになりますね。

そうですね。どんなアイデアが生まれて、どんなレストランが出来上がるのか、とてもワクワクしています。できれば1回限りではなく、長く続けていきたい企画です。
熱意ある学生の皆さんと一緒に、海の未来を考えていきたいと思います。


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