第1回リサーチ発表レポート ~能力主義の終末点としての「津久井やまゆり園事件」~
はじめに
人間の条件は、津久井やまゆり園事件を題材にした新作『The Human Condition』(2024年9月発表予定)に向けてリサーチを進めています。
※『The Human Condition』の制作に先立って先日公開した、脚本・演出のZRによる覚書はこちら。
また人間の条件では現在、リサーチ内容を都度共有し、開かれた対話の中でさらに理解を深めるための連続企画を行っています。
5月4日におこなわれた第1回リサーチ発表では、人間の条件のメンバー2名(ZR・野田帰里)と、会場である銭湯「電気湯」の店主大久保さんに加え、5名の方にお越しいただきました。
構成は大まかに以下の通りです。
前半:人間の条件主宰・ZRによるリサーチ発表
後半:参加者全員での座談会
電気湯の開放的で心地よい雰囲気にうながされ、話の尽きない時間でした。
この記事では、第1回で行われたリサーチ発表の内容をご紹介したのち、座談会で話し合われた内容を論点ごとにまとめていきます。
リサーチ発表の内容まとめ
前半では作・演出のZRから、リサーチの中で明らかになっていった事実や論点について、以下のようなアジェンダのもと、共有がなされました。
出発点であり目標地点
津久井やまゆり園事件
植松氏の主張について
能力主義とは何か?
戦後日本における優生思想
まず、「1. 出発点であり目標地点」では、「全ての命は、ただそれだけで価値がある。それは他者に否定・肯定されるようなものではない。」という点を確認し、それを疑うことに出発点があり、そこに行きつくところに目標地点があることを確認しました。
その後、2と3において、事件の概要と植松氏の主張について確認し、その主張の中で容易に反論できる部分と私たちが向き合わねばならない「能力主義」という観点についての腑分けを行いました。
「4. 能力主義とは何か」では、いわゆるメリトクラシーといった意味合いを超えて、このリサーチ発表と作品で問題にしたい能力主義とは、「能力があることを是とし、能力のないことを否とすること」であることを確認しました。
「5. 戦後日本における優生思想」では、国民優生法から優生保護法、母体保護法の変遷の中で、障害者の生きる権利・生む権利をめぐってどのような言説と闘争が展開されたかについての発表を行いました。
詳しくはこちらの発表スライドにてご確認ください。
以下では、後半の座談会で話し合われた内容をテーマごとにまとめていきます。
座談会トーク①植松聖氏と能力主義
2016年7月26日に起こった津久井やまゆり園事件では、「意思疎通の取れない人間には生きる価値がない」という基準のもと、植松聖によって19人の知的障害を持った人々が殺害されました。
『The Human Condition』においては、この事件を貫く問題は能力主義にあるととらえています。「何ができるか」によって人間の価値を測る、この普遍的な考え方を突き詰めた末に起こったのがこの事件です。
座談会では、能力主義という社会的背景と事件の結びつきを考えるうえで、以下のようなコメントがあがりました。
このコメントを受けて、事件が起きるに至ったモチベーションは決して理解不能な他人事ではない、という声がありました。
事件の動機は我々と関係ないとは言えない
不安を解消するものとしての差別
座談会トーク②能力主義との向き合い方について
能力主義は、私たちの生活の中に当たり前のように浸透しているものです。
しかし今、敢えてそれと向き合うならば、どのように考えることが可能なのでしょうか。
能力主義と命とは切り離されるべきである
そのうえで、制度によって解決していく方法として、Beyond GDPという例が挙がりました。これは現在作られようとしている、GDPに代わる豊かさの指標です。
主に生産量を計測するGDPに対し、Beyond GDPでは生活の豊かさ(Well-being)や、環境面を含めて評価します。
また、能力主義を別の視点で考えることもできます。
できないことにこそ価値がある
植松氏への死刑判決に潜む矛盾
能力主義と、そもそも全ての命には価値がある(あるいは、価値判断の対象ではない)ということは切り離されるべきである。そのように考えると、植松聖に対する死刑判決についても課題が見えてきます。
座談会トーク③アートにまつわる能力主義
障害のある人によるアートについて
障害のある人の作るアートは、百円ショップのダイソーで商品化されているなど、見かけることが増えてきました。
障害のある人の自立をサポートしたり、障害のある人への理解を促進したりするのにも有効な手段として、近年注目されることが多くなっています。
一方で、能力主義とのダブルスタンダードが見受けられることもあるというコメントもあがりました。
障害の有無にかかわらず、みんなが参画して演劇を作るということ
演劇においても、障害のある人と作品を作ることが行われてきています。その上で気にしなければいけないことについて、コメントがあげられました。
また、大学の演劇サークルを例に取りながら、障害のある人と演劇を作るということについての議論も行われました。
それに対し、以下のようなコメントがありました。
おわりに
座談会で出たコメントはまだまだあるものの、以下のコメントを挙げさせていただき、第1回リサーチ発表についてのまとめを締めくくろうと思います。
人間の条件は、引き続きリサーチを進めていきます。
今後のスケジュール
・リサーチ発表
第2回 6月1日(土)10~12時 能力主義に抗するために
第3回 6月22日(土)14~17時 『The Human Condition』にむけて
会場はどちらも電気湯(京成曳舟駅から徒歩5分)です。
・次回公演
『The Human Condition』
2024年9月25日(水)~30日(月) @中野テルプシコール
執筆:野田帰里、ZR
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