『#ThEDPS/Three Hundred Emotional Piece Sence_キミの落書き』

 言葉が欲しいと思う。紡げる人はすごい。あたしも書くけど、紡げているとは言えない。せいぜいSNSのつぶやきか、誰の目にも触れずに一定期間でクローゼットの奥にしまい込まれる日記、程度だ。紡げる人っていうのは、きっともっと他にいる。
 だからあたしは、大切な人に大切なことを伝えることすら、できていないだろう。自覚があるだけ、自惚れないですむからまだそこはマシだ。
 ただ誰かの目に触れた時に不意にプラス評価が来た途端に語彙力が仕事をすっぽかして崖から飛び降りてしまう。ちょっと待って行くのはいいけど置いていかないで、だ。
だからあたしは、彼を困惑させるし、無駄に怒らせるんだ。嫌われても仕方ないのに、今もそんなにひどくはないけど喧嘩して、「頭冷やしてくる」とだけ言って部屋を出て行った。もう少しで30分になる。もしかしたらそのまま自分の部屋に帰ってしまったのかもしれない。
 最悪だ。と思って自己嫌悪がその鎌首をもたげ始めると、冷蔵庫の庫内温度が上がったのか、壁のアナログ時計の呼吸音をかき消すみたいに低異口同音が響く。
 くそう。お前は別れてそれも受け入れられなくて寄り添う時だけ側面をあっためてくれればいいんだ。中に入っているものだってそんなにない。飲み物だって、もしかしたらもう一緒にはあたしを舐めるな。すぐに否定の嵐でスマホもぶん投げて画面バキバキにするんだ。お前を壊すことなんて造作もないんだ。お前はもう終わった、こっちにこい、みたいに唸るんじゃない。
 気温が上がってきたから、ふわりとしたコットンの白いロングスカートを履いていたのが、よかったのか悪かったのか。
 膝を崩して床にぺたりと座っていた体勢から体育座りにゆっくりと切り替える。
 もどっては、来ないか、なぁ。
 耳に響く。冷蔵庫の、地獄底からのような唸る駆動音。電源という息の根を止めてやろうかと思った。卑屈な女。そいつは何も悪くない。いざとなったらいくらでも頼るくせに。バーカ。
と、思ったその時に、部屋の扉が空いた。
「…ごめん。ただいま」
「……え?」
「えって。帰ったと思った?」
 ギリギリ泣くのは堪えたけれど、あたしの顔は疑問符だらけだったのだろう。彼が、どうやら歩いてきたらしく近所のコンビニの袋をぶら下げながら不思議そうに言った。
「うん……あ、ごめんあたし!好き勝手に意味のわかんないこと言っちゃって……」
「いいよ。それに意味わからなくはない。単純に言えば、君が同僚との関係が不安だっていうことで、いいんだよね?」
「…まあ、端的に言えば……」
「わかってるんじゃん。じゃあ初めからそう言ってくれなかったのはなんで?」
「え…あ、あのそれは…その…」
「言えない?」
「うんと、そうじゃなくて、言いにくいというか、なんというか…」
「おーけい。わかった」
 言いながら彼があたしの隣に座ってくれる。そして手を握ってくれる。
「え…」
「嫌?」
 あたしは全力で首を横に振って否定する。あたしの視線はその手に固定されてしまう。
「なら、いい?」
「……」
 答える代わりに見えている重なる手を、両手で強めに包み込む。はなしたく、ない。
「よかった。なら、これ」
 と、コンビニ袋から、あたしが前に好きで食べると言っていたアイスが出てきた。
「……なに」
「何って。食べない?」
「え……?」
「俺もあるからさ。一回、冷凍庫に入れておくから、後で食べよう」
「え、でも……」
 買ってきたのなら今食べたいんじゃないんだろうかと思って今でもいいよと言いかけるが、そのまま彼はあたしの手を離れて冷凍庫に仕舞ってくれた。
「…ありがとう」
「いいよ。その代わり…」
 今度はテーブルも何も隔てるものがない真正面に座って、
「今はこっち」
 と、キスをされた。
「……?!?!」
 彼とのそれはもう何度も経験はあるくせに。そう短い付き合いじゃないくせに。慣れているといえばそうなくせに。だけど、びっくりするくらい嬉しいくせに、あたしは驚いて飛びのいてしまう。
「…やだった?」
 全力で首を以下略。
「じゃあ、おいで」
 そう言われて、あたしは、警戒心最大級のぎこちなさで彼の前に戻るがそんなの関係なしに、あたしは抱きしめられて、全身から力が抜けてしまうと、彼に体を預ける格好になり、左手でクシャりと頭を撫でられる。
 幸せの塊が、あたしの心臓から大動脈を伝って全身に向かっていく。
「…自惚れていい?」
「……」
 声が出ない。放たれた幸せ因子が喉をきゅうと締め付けてくるからだ。なんなんだこれは。なんとかうなづくと「あの」と続き、
「嫉妬、だよね要は」
 見抜かれていた。喧嘩するまでもない。
 そうだ。
 あたしの彼が、遠くに行ってしまうかもしれないとばかり自分で勝手に不安になってそんなことないという彼の言葉を屁理屈で打ち倒そうとした。嘘なんかついていないのに、弁解だってない。彼の口から出たのは事実だけだ。なのに、なのにあたしは自分可愛さで疑って悲劇に溺れようとしたのだ。
「ありがとう。今までそんなことなかったから」
 幸せ因子が全身の筋肉を弛緩させ、あたしの体の時間は一定時間彼に支配される。そうなったらもう決まりだ。
「苦しい思いをさせてごめん。でも、不謹慎ながらめちゃくちゃ嬉しい」
 うるさい。そんなのこっちの台詞だ。
「大好き」
 喉の苦しさはどっかに行って、緩んだ体が抱きとめられて彼の指や腕に塗り替えられる。
 アイスは、明日の朝までお預けだね。


#ThEDPS
#20210323

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw