Bar time Rest-Ⅰ

 ここは、世界のどこか、きっと極東の島国のどこかにある、小さな小さなバー。
 お店の名前は、タイムレスト。
 バーと言う名前は、そもそも鳥が木に止まって休む止まり木を意味するものです。
このバーはその止まり木に寄りかかって休むのが時間、と言う、ちょっと変わった不思議なお店なのです。
 今日のバーテンは、私外山七瀬が務めさせていただきます。

 お店は夜6時開店。
 開けてしばらくはなかなかお客さんもいらっしゃらないので、グラスを磨いたり、その日の看板を黒板に書いたり、狙うのが容易いダーツをしたり。
 お供は、お店にもリラックス効果があると信じているホットのハーブティ。
「今日は雨かぁ。お客さん、少ないかもだね」

 つい、独り言が口をつく。
 その時、雨の音の隙間に、何やら聞きなれない音が。
 何事かとエントランスを開けて庇の下まで顔を出して覗くと、なんと馬車がこちらに向かってやって来ます。
 こんなご時世に、珍しい。
 と、思って店内に戻ると、なんとその馬車はお店の前でゆっくりと停車。
「ま、まさかうちのお客さん?!」
 少しして先ほど開けたエントランスが開くと、現れたのはヨーロッパのとてもとても有名なお姫様が、綺麗な青いドレスを着て入ってきます。

「よ、ようこそ、時の止まり木に」
 カウンターしかない店内で、召し物が豪華こともあり、ハイチェアを案内しながら、声をかけます。
「何をお飲みになりますか?」
「赤ワインを頂戴。ボトルで構わないわ」
「かしこまりました。ただいま」
 銘柄は指定なし、とのことなので、最初に映画が公開された1950年のものを。
 合わせはお召し物にかけてブルーチーズと、プレッツェル。
 氷を少し浮かせたチェイサーとともにサーブする準備をしていると。
「ねえあなた、少しおしゃべりできる?」
「私でよろしければ何なりと」
 ハーブティの追加と、雨という気候で下がった気温によって希望があるかもしれないホットワインの湯煎の準備をしながら答える。
 シンデレラはぐい、とまずは一杯目を一気に飲んで、しかしグラスは音も出さずにカウンターに置く
「あの人、私の知らない間に隣の国の王女と文通してたのよ!今朝その返信を結わえてやってきた鳩の音で目覚めて知ったんだけど、マジでどう思う?!」
「あの、失礼ですがあの人というのは」
「私の夫よ。国王やってるんだけどね」
 即位済みですかそうですか。
「つかぬことをおうががいしますが」
「相手の王女の年は17、夫は47。ねえ、あなたどう思う?!」
 30年。赤ワインも美味しくなりますー。
「そ、そうですね。こんなお美しい奥さまがいらっしゃるのに」
「でしょう!?私も歳よ!でも、まだまだあんな小娘に負けるつもりはない わ!今日だって、朝からそんなことが発覚したのに子供達にお稽古もきちんとして、バレエのための指揮をして、ちゃんとおしゃれしてブランチをして、笑いあってきたのよ!なのにいけしゃしゃあとあのオヤジ!ロリコンかっての!」
 ろりこんってあなたの時代にはない言葉では〜?
「ほんっと若い子好きなんだから!」
「そうなんですね。お話を拝見しているぶんには、そんな印象ありませんでしたけど」
「ん?ああ。グリム童話ね。ほんとあの兄弟、こんな裏設定あるなら書いておいてほしいわ!」
う、裏設定とか言ってるこのシンデレラ。
 次回のアップデートで実装ですか?
「ねぇ、もし良かったら、あなたもワイン一杯いかが?楽しくおしゃべりできそうな気がするのよね」
「こ、光栄ですが、よろしいので?」
「せっかくの出会いだもの!それに、私のわがままに付き合ってもらっているっていう状況でもあるのだし。お仕事なのはわかるけれど、こういうお店で働くのなら、飲めなくはないのでしょう?」
「もちろんです」
「ならほら。グラス、取りなさいよ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして」
「いいのよ。どうせまだまだ、このシンデレラの愚痴は続くんだから」
「ありがとうございます」
「?なぜ?」
「あ、いえ。そういったお話というのは、非常に個人的な事情が強く反映されたお話になります。そんなお話を、初めていらっしゃっていただいたこんな小さなバーで、しかも初対面の私なぞにしていただけるという評価をいただいた、と思っておりますので。この店でお出迎えできることを光栄に思います」
「…あなた、今の言葉がすごく素敵なのだけれど、その生き方で、窮屈ではないの?」
「いえ。私は、誰かに生かされている者です。あなたを描いた物語も含めて、様々な人たちや、いろいろな物語にも助けられました。そのおかげで尊敬できる人にも出会えました。そんな中でこのお店で働くことになって、とても嬉しいことだと思っております。それに、ここにいなければ、あなたとこうしてワインを飲み交わせることなどありませんでしたし」
「確かにそうね。いいわね。あなた、素敵だわ。お名前は?」
「外山七瀬と申します」
「申し遅れたわ。私はシンデレラ。何処かの国では灰かぶり姫なんて呼ばれているらしい、このブルーチーズみたいに芳醇な熟成もしていない寓話の主だけど、よろしく、ナナセ」
 カン、と、グラスが出会う音が響く。
「で、なのだけど」
「はい?」
「奢ったんだから付き合いなさいよ?」
「…承知しました」
「とは言ってもあなたお仕事中でしょうから、無理に飲めとは言わないわ。一杯だけでも付き合ってよ」
「ええ、私でよければ」
「じゃあ早速、どう思う?」
「え?何がでしょう?」
「夫よ、私の夫。私がいるのに、何考えてると思う?」
「魔が差したんでしょうかね?」
「あなただったらそれで許せる?」
「いえ、無理です。浮気はさすがに看過できないと思いますよ。しかもそんなに年下の方と」
「でしょう?世が世なら犯罪よたぶん」
「まぁ、そうでしょうね」
「相手も相手で何考えてんのかしら。向こうの国王の差し金だとしても、政略結婚が必要なほどあの国とは仲悪くないはずなのよ。もしかしてと思ったら、やっぱり夫から最初に伝書鳩送ったらしいのよ!」
「あららら」
「でもその手紙を受け取って、書いて出すまでに誰かしらの手を通ってるのが普通なのよ」
「と、いうと?」
「誰かが知ってるはずなの。隠れてやり取りするのは難しいわ」
「なるほど。相手側は認めているということですね?」
「そうなのよ!まったく、舐めてるのかしらね!」

 そうしてシンデレラとの会話は2時間ほど続いたところで、ふと、シンデレラが何やら召し物を探っている。
「あ、ここ」
「なんです?何か不具合がございましたか?」
「そろそろ夫が仕事を終えて帰るし、子供達が眠る時間になっちゃったから、そろそろ私も失礼しようかと思って。そろそろ迎えの馬車が来る時間」
「それはそれは、そんなお時間まで滞在してくださってありがとうございます」
「いいのよ。楽しかったし。お代は、お城に請求書を送ってちょうだい」
「かしこまりました」
 それから今度は私の話に少し蕾が膨らみ、馬車が到着した馬の鳴き声がする。
「ありがとう、ナナセ。今日のことはずっと忘れないと思う。夫にも自慢しちゃうわ」
「光栄です、殿下」
「やめてよ。ここまで長い時間を一緒に二人きりで過ごして、いろいろ話したのだもの。もう友達よね?」
「…わかった。来てくれて、ありがとう、シンデレラ」
「こちらこそ!久しぶりに楽しかったわ!絶対、また来るわよ!」
 閉まる扉は次に開かれることを期待しているようにしまっていった。

 後日談だけど、請求書は、お店にあるグリム童話のシンデレラの章の最初のページ挟んである。
 送り先住所、知らないんだった。


基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw