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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『それじゃあバイバイ/surface』 後編 【連作短編】



 ラジオのポニーちゃんの言葉。
 僕には物凄く響いた。
 分からないことを気にしてもしょうがない。分からないそれを変えるために頑張る。
 そんなメッセージに勇気を貰って、僕は椎名さんに声をかけて見ることにした。

「えっと、あの……し、椎名さん?」
「……な、なんだし?」

 すると、物凄い警戒の視線を向けられる。
 正直、こんな風に声をかけて、嫌悪感を露わにされたことがあまりないので、それだけで心が折れそうになるのだが、ここで負けていてはダメなのだ。『応援しています!』というポニーちゃんの言葉を胸に、僕はいま一度勇気を振り絞って、椎名さんに話しかけた。

「なんかさ、最近、たまにすっごく無理してない?」
「……ふえ?」

 僕の言葉に対して、椎名さんから警戒心のようなものは感じなかった。
 ただただ、びっくりしているというか、驚いている感じだった。

 かけられた言葉が、余りに予想外すぎて、素っ頓狂な声が出てしまった。
 私が密かに抱える悩みを、真っ直ぐに射抜くような言葉。
 全然仲良くもないどころか、殆ど会話をしたこともない、クラスの中心にいるような存在の彼から。
 クラスの端っこにいる、馬鹿代表のような私に。

「僕みたいなやつが、君のことを知った風に言うのは、もしかしたら嫌かも知れないけど……この前の英語の課題のときとか、掃除のことでもめたときとか、僕には君が、周りに合わせて無理して笑ってるように見えたっていうか……何だか辛そうに見えたんだ」

 図星すぎて、言葉もなかった。

「もし、そうなら、変に我慢しないで、違うと思うことはちゃんと違うって言った方がいいよ。皆口さんだって、話せば分かる人だと思う。ただ、思い込みは結構強い人だから、椎名さんが何も言わなければ、椎名さんも自分と同じ考えだって思いこんじゃうから……周囲の和を乱さないようにすることはもちろん大事だと思うけど――」

 ド正論だった。
 その通りだと思った。
 でも、だからこそムカついてしまった。腹を立ててしまった。
 だから、

「何言ってるか、イミフなんですけど? 別にアタシは無理してないし? 今が普通に楽しいし? むしろさ、アタシなんかにそんな風に気を使ってて、そっちの方が無理してんじゃない? なんか、アタシのことで悩んでるみたいだけど、それ全部見当違いだから。そっちもさ、一度アタシみたいに何も考えないでやってみたら? まぁ、そっちにアタシみたいな馬鹿の考えなんて、分かんないでしょうけどね! ベェーッだ!!」

 心にもないことを言って、走るように逃げてしまったのだった。

 本当は、ちょっとだけ嬉しかったのに……。

 人に、あっかんべーされたのは、正直生れて初めてだった。

 でも、何故だろうか。
 どうしてか、不快な感じはしなかった。
 多分、彼女は物凄く素直な人なのだと思う。
 僕に対して放った数々の言葉達の端々に、良心の呵責というか、葛藤が透けて見えた気がしたのだ。
 あの言葉は、全てが彼女の本音ではない。そう思えた。
 だから、僕は懲りることなく、彼女に再び声をかけることができた。

「椎名さん。大きなお世話なのは分かってるけど……自分に嘘をつかないで、真っ直ぐ友達と向き合ってみなよ。きっと分かってくれると思うよ。君の目から見て、僕が自由にのびのび生きているように見えるんだったら、そうしてみるといい。僕はそうしていて楽しいから、君も自由に思うままにやってごらんよ!」
「はぁ? 突然なんだし? ウッザ!! ベェーッだ!!」

 それからも、事あるごとに、そうやって彼女に声をかけた。
 そのたびに、あっかんべーを貰ったけれど……。

 そんな日を何日か繰り返したときだった。
 僕に対する彼女の反応が、変化したのだ。

 何度も、何度も、懲りることなく私に声をかけて来た男の子が、永谷くんということを知ったのは、最近のことだ。
 思えば、これまでも何度か助けられてきた気がするのだが、全然、全く、彼の名前を知ろうとも思わなかった。
 でも、流石にこう毎日ああして絡まれていると、嫌でも気になるし、周りのみんなが教えてくれた。
 そして、私の心配をしてくれるようにもなった。

「シーナ? なんか悩みあるん? したらちゃんと相談しなよ? アーシはシーナのことズットモだと思ってっから」

 あるとき、あかりからそんなことを言われた。

「えと……アタシ、最近ショーライとか考えて、ベンキョーとかちょっと頑張らなきゃ的な? こと考えたりしたりして……ダサイよね? あはは」

 だから、試しにそんなことを言ってみた。
 ドン引きされたら、冗談にして誤魔化そうと思ってた。
 でも、あかりは真面目な顔でこう返してきた。

「へぇ、アーシ、前からシーナは頭良いんじゃね? って思ってけど、やっぱそうだったか」

 私は、友人であるあかりのことを、ちゃんと理解できていなかったことを知った。
 てっきり、『マジになっちゃって、真面目ちゃんとかマジウケる』とか馬鹿にされると思っていた。

「いいんじゃん? 頑張んなよ。アーシは全く全然力になれないけどさ。ってか、むしろ、アーシの宿題とかやって、アーシを助けて欲しいくらいだし」

 あっさりと、私の悩みは解決してしまった。
 腹立たしいことに、永谷くんの言う通り。
 真っ直ぐに、自分に正直にやったら上手くいった。
 いや、そもそも私は、何で永谷くんに腹を立てていたのだろうか?
 彼は、正しいことを、正しいと真っ直ぐ私に伝えてくれただけなのに。

 そんなの、分かりきっている。
 私ができなかったこと、私が分からなかったことを、簡単にやってのける彼がうらやましかったのだ。
 そう、八つ当たりだ。

 でも、そんな彼の言葉に救われたのは、間違いのない事実だ。

 そして、変に迷って、悩んで、こじらせて、そんな彼に向って舌を出し続けたのは私だ。

 だから、私のやるべきことは決まっていた。
 決まっているのだが……それがまた、私にとっては非常に勇気と覚悟が必要なことなのだった。

 ある日を境に、彼女の表情が変わったことに僕は気付いた。

 何というか、憑きものが落ちたような、晴れ晴れとした表情になったのだ。

 そして、些細なことだが彼女の行動に変化も起きた。
 これまでだったら、授業が始まると机に突っ伏して寝た振りをするか、友達と一緒に教室からいなくなっていた彼女が、真面目に授業に出るようになったのだ。
 まぁ、もちろん、先生に当てられても『わかりませんけど? 何か?』と先生を睨みつけていたりはするけれど……。

 あと、これは僕の思い違い、勘違いかも知れないが、彼女と良く目が合うようになった……ような気がしないこともないかも知れなくもない、ことも無きにしも非ずだ。
 いや、彼女と良く目が合うようになったのだ。

「永谷!」
「はい!? って椎名さん? どうしたの?」
「……えー……あーと……」

 突然、怒鳴るように声を掛けられて、驚いて振り向いたら、椎名さんだった。

「あ、そうだ。――……名前、下の名前で呼ぶなし、なれなれしいじゃん?」
「ああ、ごめん。皆口さんがそう呼んでるから、そっちで呼んだ方がいいのかと思って」

 もっともらしい言い訳を言ってみたものの、実際には無意識だった。
 というか、心な中でいつも下の名前で呼んでいたから、自然と気付かないうちにそう呼んでしまっていただけだ。お恥ずかしい限りである。

「ごめんね。これからは、吉晴さんってちゃんと呼ぶよ。……それで? 話はそれだけ?」
「あう……えっと……そうじゃなくて……――その……」

 ごにょごにょと歯切れ悪く喋る彼女のことを、少し可愛いと思ってしまう僕がいた。
 でも、実際可愛いのだから仕方がないと思う。と開き直ることにする。

「ああ、もう!! 前に『素直になれ』的な? こと言ってくれたじゃん?」
「え? ああ、うん」
「だから、――がと……」
「え?」
「ありがと!! あかり達とちゃんと話せた。自分がどうしたいか、ちゃんと伝えられた。……その、全部、アンタのおかげ」

 照れくさそうに、そっぽを向きながらそう言った彼女の横顔に、思わず見蕩れそうになる。
 分かりきっていたことだが、どうやら僕は彼女に参ってしまっているらしい。
 いや、本当にいまさらな確認だけど。

「だから、ありがとね! 永谷! あんた、良いやつだね!!」

 そう言って、屈託なく笑う彼女の顔。
 それで、完璧に落とされた。

「それだけ!」
「あ、うん……どう、いたしまして」

 今はっきりと、僕は彼女に恋に落ちた。落とされた。

「それじゃあバイバイ!」

 真っ赤な顔をして、逃げるように走り去る彼女の後姿を見送って、僕はボーっと彼女の言葉を反芻して、思わずニヤてしまった。

『それじゃあバイバイ』

 まるで、友達にでも言うような声で、言葉で、ニュアンスで。
 僕にそう挨拶してくれた彼女。

「友達には、なれたのかな?」

「『どう思います、ポニーちゃん? 友達には、なれたんでしょうか?』」
「って、そんなもん、なれたに決まってるじゃないですか! ああ、もう!! 青春だなぁ!!」

 先週に引き続き、番組に届いた『しいな』さんの『ご注文』に私はそう返答した。
 甘酸っぱい、可愛らしい、アオハルのエピソードは、『ご注文』を呼んでいる私がむず痒くなるような内容だった。

 まだ、恋愛にもならない、やっと友達として一歩踏み出した『しいな』さんと、その女の子の行く末が、お姉さんは楽しみであり心配で……ああもう、本当にご馳走様でした。

「はぁ、堪能した。若者のアオハルを目の当たりにすると、なんか少し若くなった気がしていいですよね? って、私もまだ、言うほど年じゃないですけどね!!」

 そろそろ番組も終わりの時間だ。
 最後に一曲行けるかな?
 そう思ったとき、今週も、先週に続き『しいな』さんに宛てて、この曲しかないと思ってCDを再生する準備をした。

「それじゃあ、最後に、青春真っ只中の『しいな』さんに、先週に引き続きこのナンバーをお送りして、今週も終わりたいと思います。今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、今年20周年を迎えて、再結成し始動したsurfaceで、デビュー曲『それじゃあバイバイ』です。どうぞ」

 再生ボタンを押すと、軽快なドラムの音からイントロが流れ出す。
 ドラマ主題歌だったので、エンディングにぴったりのナンバーだ。
 歌が始まる前に、私はお決まりの挨拶をして、番組を閉じる。
 どうか、この曲に込めた思いが、『しいな』さんに届きますように。
 そんな願いを込めながら。

「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」

[EDテーマ曲:『それじゃあバイバイ/surface』 是非聞いて欲しいです!]

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