かゆみ学#12 〜引っ掻くことでより引っ掻いてしまうメカニズム〜
かゆみとは、
「掻きたいという衝動を引き起こす不快感覚」
であり、その「掻く」という動作が達成されることはとても気持ちいい感覚を誘起することを、みなさんはこれまでの人生で経験しているかと思います。
これまでのかゆみ学の記事においても、その気持ちよさについて解説してきました。
掻くのが気持ちよくて止められなかった結果、おでこに穴が開いてしまうなんて患者もいるほどです。
上の記事では、掻くことが気持ちいいメカニズムを解説しました。
しかし今年に入り、そもそも掻くこと自体がまたさらなる引っ掻きを生み出すことを日本のグループが見つけました。
簡単に説明しますと、上記の記事では
という脳におけるメカニズムを説明しましたが、今回の研究では、
という脊髄におけるメカニズムを解明しました。
本記事では、その詳細を解説していきます!
少し難しく書いていますが、太字を追えば概要は分かるようにしてありますのでぜひご覧ください!
1. 背景
脊髄GRPRニューロンとそれを制御するグルタミン酸
かゆみは皮膚で発生し、ニューロン(平たく神経のこと)がかゆみシグナル(信号)を脊髄に伝達し、最終的に脳に伝達する。2007年に、脊髄でかゆみシグナルを伝達するのに重要なGRPR(ガストリン放出ペプチド受容体)発現ニューロンが大発見されてから、これまでにGRPRニューロンに関する多くの報告がされてきた。
かゆみシグナルを伝達するためにはこのGRPRニューロンを活性化しなくてはならない、その活性化(興奮)にはGRPRのアゴニストであるGRPはもちろん、グルタミン酸などの神経伝達物質が関与していることが知られている。しかし、慢性掻痒(疾患により慢性化したかゆみ)によりこのグルタミン酸入力がどのように変化するかは不明である。
本研究では、アトピー性皮膚炎および接触性皮膚炎モデルマウスを用いて、GRPRニューロンのグルタミン酸によるシナプス応答を解析した。
2. 結果
慢性掻痒モデルマウスにおいてGRPRニューロンのグルタミン酸作動性シナプス応答が促進される
マウスの頸部(首らへん)に脊髄GRPRニューロンが光るような遺伝子を組み込んだウイルスベクターを注入し、脊髄GRPRニューロンを可視化した。その後、マウスを解剖して脊髄切片を作製し、可視化したGRPRニューロンからパッチクランプ法(電気生理学的手法)により電気記録を行い、GRPRニューロンのシナプス応答を解析した。
すると健常のマウスに比べ接触性皮膚炎モデルマウスでは、GRPRニューロンのsEPSC(興奮性シナプス応答)が振幅、頻度ともに上昇していた。またそのsEPSCはグルタミン酸受容体拮抗薬であるNBQXを投与すると消失したことから、このGRPRニューロンの興奮性シナプス応答はグルタミン酸によるものであることが分かった。
慢性掻痒条件下では、一次求心性ニューロンにおいてNPTX2が発現上昇する
GRPRニューロンの興奮にはグルタミン酸が必要なことが先ほどの実験で分かった。次に、そのグルタミン酸を放出するニューロンを同定する必要がある。ここでは、慢性掻痒にともない一次求心性ニューロン(皮膚から脊髄に情報を伝達するニューロン)の活動性変化が関与しているという仮説を立て、検証を行った。そこで著者らが注目したのがNPTX2(ニューロナルペントラキシン2)である。NPTX2はAMPAR(グルタミン酸受容体のひとつ)の相互作用パートナーであり、脊髄ニューロンではAMPARと共局在していることが報告されている。
そこで、DRG(後根神経節、一次求心性ニューロンの細胞体の集まっているところ)および脊髄後角におけるNPTX2の発現をPCRにより解析すると、健常マウスに比べアトピー性皮膚炎モデルマウスでは、脊髄後角ではなくDRGのみでNPTX2のmRNA発現上昇が確認された。
また、このNPTX2の発現上昇は、マウスの爪を切る(=掻き動作が不成立となる)ことで有意に抑制された。
さらに、脊髄後角のGRPRニューロンに接続するシナプス前終末におけるNPTX2の発現を電子顕微鏡で解析したところ、シナプス前終末におけるNPTX2の発現が確認された。
これらの結果より、皮膚を掻きむしることによってDRGにおけるNPTX2の発現が増大し、それら脊髄後角に輸送され、GRPRニューロンにNPTX2が放出されることが示唆される。
NPTX2は慢性掻痒モデルにおけるGRPRニューロンの興奮性シナプス応答に不可欠である
一旦ここまでの話をまとめると、脊髄GRPRニューロンを興奮させているのはグルタミン酸である。ただ、GRPRニューロンへの入力はNPTX2も行っていそうだ。である。よってここでは、NPTX2が本当にGRPRニューロンの興奮に関与しているか、パッチクランプ法を用いて検証した。
すると、最初の実験でも示した通り、接触性皮膚炎モデルマウスでは健常マウスに比べsEPSCが頻度・振幅ともに増大していたが、NPTX2の発現を抑制するように遺伝子操作したKO(ノックアウト)マウスではこの増大が抑制された。
よって、NPTX2が慢性掻痒によるGRPRニューロンの興奮性シナプス応答の増大に必要であることが示唆される。
痒み行動におけるNPTX2の役割
これまで、神経レベルでのNPTX2の役割を解析してきたが、最後に本当にNPTX2はかゆみ行動に必要なのかどうか、検証を行った。
先ほどのNPTX2 KOマウスを用いて検証すると、普通の接触性皮膚炎モデルに比べてKOマウスを用いた接触性皮膚炎モデルマウスでは掻き動作の有意な減少、皮膚炎スコアの低下が見られた。しかし、KOマウスに急性掻痒を起こすクロロキンを投与しても、掻き動作の減少は見られなかったことから、NPTX2は慢性掻痒に必要な物質であることがわかる。
3. まちょの感想
今回の論文の一番のポイントは、慢性掻痒におけるGRPRニューロンの制御に必要な因子としてNPTX2という物質を見つけたことが一番のポイントであると思います。
津田先生(著者の研究グループの教授)が学会で仰っていたよう、爪で引っ掻くこと自体が、慢性掻痒にとって何かアクティブに働くのではないかというアイデアが今回の論文に繋がりました。
気になる点としては、この掻き動作が本当にNPTX2の発現上昇の直接の原因なのかどうかについては、この論文では示されてはいないので今後の研究対象の一つだと思います。そしてNPTX2による電気生理学的な解析が少なかったので、より詳細なNPTX2によるGRPRシナプス制御の解析が行われるでしょう。最後に、これは論文中でも述べられていましたが、NPTX2のDRGにおける発現上昇が、DRGニューロンのどのサブセットで起こるものなのか、ということである。今回の記事では解説してませんが、一次求心性ニューロンにはいくつか種類があります。痛み情報を伝えるもの、かゆみ情報を伝えるもの、はたまたどっちも伝えるもの…。そもそも、爪で皮膚を引っ掻くという行為は痛み刺激であり、なのにNPTX2 KOマウスではかゆみ行動に変化があり、痛み行動には変化がありませんでした。これらの謎は、NPTX2の発現上昇がどんな種類の一次求心性ニューロンで起こるものであるかを解明できるかがカギになっていくと思います。
僕の研究を応援して頂ければ幸いです!