日記には何が書かれているか(坪内祐三「日記から」を読んで考えた)

坪内祐三『日記から』(本の雑誌社)を読み、取り上げられている事柄を分類しながら、「日記には何が書かれているか」考えました。

『日記から』がどういった内容であるかは、以下を参照してください。

日記は「日々の記録」として世に出ます。
このnoteも、あなたのSNSのポストもそう。

「日々の記録」として書いたものが、時を経ると「歴史の証言」、「時代の空気」、「本音」の3種類に変化すると仮定しました。

坪内祐三「日記から」(本の雑誌社)

1.歴史の証言

「これは歴史の1ページになる」ということは出来事が起きた直後にわかります。トランプ前大統領の暗殺未遂や安倍晋三元首相の暗殺といった事件、東日本大震災をはじめとする天災。
居合わせた体験を個人として記録することは、新聞などのメディアが報じる俯瞰した記録と同じくらい重要です。
天災は記録だけでは実感を持つことができません。
大きなことが起こったときに人はどう振るまったのか。上手くいったことも失敗したことも、出てしまった下卑た人間性も、あらゆる角度から残しておくことは体験した人間の責務であると思います。

2.時代の空気

「日記から」で印象に残った回の一つが、黒田三郎の昭和23(1948)年11月10日の日記の回。
黒田三郎が本を売りに行った日の日記です。
その回の末尾を引用します。

 二十五冊の文庫本が月収の七分の一相当の金(千三百円。引用者注)に替わったわけだが、翌日も、例えばハイデッガーの『存在と時間』など十二冊が計千八百円で売れた。
 本は、この当時、単に知的財産であるのみならず、そのような実質を伴った財産であったのだ。

坪内祐三「日記から」(本の雑誌社)

月収が25万円として、七分の一は35,700円。
ブックオフだと文庫の買い取り価格は数十円。
メルカリなら300円で出品すれば、手数料10%と送料160円(ゆうパケットポストmini)が引かれて手元に残るのは110円。
25冊売ったところで2,750円にしかならず、月収の1%です。
七分の一は14%だから、66年で本は十四分の一に価値が下落しています。

物の値段だけでなく、収入も書いてあれば当時との比較ができます。

単純に物の値段だけでなく、時代の空気も日記には含まれます。
「スープがおいしかった」という一文も、妻に作ってもらったのか、1日1食なのか、お金を貯めていった高級店なのか、色々な可能性はありますが、そのどれにも時代の空気が含まれます。
「高級店に行ったら周りは外国人だらけだった」。
訪日外国人の数を統計で25,066,100人(2023年)と知るよりも、その時の空気を理解することができます。

3.本音

首相の所信表明演説は国民に向けられ、ラブレターは意中の人に向けられ、報告書は上司に向けられるように、日記以外の文章は特定の誰かに向けて書かれています。
noteなどのブログに書かれた日記は日付があるだけで、日記の顔をしたエッセイと読み手は受け取ります。
相手がいないから、荒削りな内容になることはあるけれど、日記には本音があります。
「天気晴れ、妻の実家にでかけた」で終わる日もあるけれど、胸に生じた決意や溜まった不満を受け止めてくれるのが日記です。
筆が滑るのか、書いてるうちに考えがまとまるのか。どちらもあるでしょう。
頼まれた講演やエッセイ、誰かとのLINEにも本音は出るかもしれないけれど、第三者の目があることを意識して書かれた本音は本音の顔をしていません。
日記には本音の顔をした本音がいます。

4.終わりに

日記を「歴史の証言」、「時代の空気」、「本音」の3種類で区分けしました。
この3種類は坪内祐三さんが「日記から」の執筆にあたって選んだ日記をざっくり3つに選り分けた分類です。
なので、まだまだ他に分類したほうが座りのいい項目もきっとあるでしょう。
とりあえずは、日記を書きながら日記について考えていくことにします。

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