見出し画像

『こいつ、おれのこと好きなんかな⑫』


「今度、飲み行こうね!」

バイト終わり、彼女は必ずそう言って去って行く。
「来週のサザエさんは〜」ばりに毎週毎週欠かさずに言ってくる。
雨の日も、雪の日も、彼女がメイクを忘れてマスクをしてた日も。
僕は「うん、絶対ね」と返して見送った後、「今度」の意味をスマホで調べる。

「最も近い将来・この次・次回」
今度という意味を考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
近い将来なのに、どんどんどんどん遠ざかる気がして、先延ばしになる。
「今度の土曜日」や「今度の週末」となるだけで、ぐっと近くなるのに。
「また今度」や「今度いつ会えるのかな」というと、どこか永遠に会えないような気がしてくる。

僕はこの幻想のような「今度」を、少しでも現実のものにしたかった。
消えようとする彼女を引き留め、「あ、居酒屋のクーポン、今月までなんだけど、今月空いてる日ない?」と。

素晴らしい。
今月という残り4週間もある猶予期間を持たせながら、具体的な日にちをピンポイントで決めに行く作戦。
これで、この「今度」論争にも終止符が打たれることだろう。

彼女は「ちょっと待ってね」と手帳を開き、今月の予定を確認する。
そして、少しも悪びれた様子なく「あー、ごめんっ、今月は…全部無理かなあ…ごめんねー」と明るく断る。
僕もなるべく気丈に振る舞い、「全然いいよ!むしろごめん!」と何故か謝る。

離れ行く彼女は、7mくらい歩いて、思い出したかのように振り向く。

「また…今度ね!」

この論争が続く限り、2人の関係も途絶えることはない。そんな気がする。
もしかしたら、彼女も同じ気持ちなのかもしれない。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

もし、私の文章に興味を持っていただけたら、サポートお願いいたします。いただいたサポートは活動費として大切に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。