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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑲』


「めちゃくちゃ、濡れてるよ?」

 
雨の水曜日、駅からキャンパスまでのわずかな道のりを傘も差さず歩いた結果だ。
そこまで降ってないと思い、早歩きで通り抜けたが、服とリュックはビショぬれだった。
一つ後ろの席に座っていた彼女が、僕の濡れた後姿を見て思わず声を掛ける。
 
別に怒られたわけでないが、「あ、すんません」と謝る。
同じクラスの子だっただろうか、あまり覚えていない。学部の授業なので、同じ学部の子か、別の学部の子の可能性もある。
こんなに愛嬌のある子なら一目で記憶できそうなのに、覚えていないのは他所の学部だからかもしれない。
 
グローバルワークで買った無地の黒Tシャツ。
肩や背中についた雨粒を手で弾いていると、彼女が持参のタオルで僕のリュックを叩く。
その感覚が背中を伝って僕を刺激する。
少し力が強くなり、イタズラに笑う彼女。
 
このとき、僕は思う。
こいつ、めちゃくちゃくるやん、と。
なぜか関西弁になる。
ここまで積極的にこられることに慣れていない僕は、未知の状況に対してリアクションがとれない。笑えばいいのか、ちょっと冗談ぽく怒ればいいのか、素直に「ありがとう」を伝えればいいのか。
 
迷った挙句、「あ、すんません」とリピートして、「普段はここまで濡れないんだけどなあ」としかめっ面でよくわからない発言をする。
恥ずかしそうな顔をする彼女。照れ臭いのだろうか、目を合わせようとしない。
窓の外に目を移すと、湿気の含んだ空気と雨の音が目に見えるようだった。

「しとしと」「ぱらぱら」
「ぽつぽつ」「ざあざあ」

たくさんの雨の擬音のどれに当てはまるかを考えながら、彼女の方に目を戻す。
僕の気持ち的には「どしゃどしゃ」に降っていて、梅雨はまだ明けそうにない。
 
「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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