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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑭』


「ねぇねぇ、写真撮ろ?」

 
バイトの歓迎会に誘われた僕は、一枚の写真に納まることを迫られる。
お酒のせいで赤くなった彼女の顔を、じっと見つめる。
何か言おうとする僕を無視して、iPhoneを宙に掲げる。
 
僕は女の子と一緒に写真を撮った経験がほとんどない。
遡れば中学校の修学旅行や小学校の運動会、幼稚園のお昼寝の時間など…。
覚えていないだけで実際にはあるのだろうが、それを「女の子と一緒に撮った写真」フォルダに入れてしまうのは、あまりにもぞんざいすぎる。
物心ついてから、「女の子と一緒に撮られている…」と意識してシャッターを押されたことはないのだ。
 
そんなツーショット童貞の僕が、今まさにカメラを向けられている。
すぐ横に、首を斜めに傾ける彼女。
微妙に触れる肩に神経を100%集中させると、この世の恨み辛みを全て背負った男の顔になって、その瞬間、カシャッという音が鳴る。
 
写真を確認した彼女に、「も~、最愛の人にお父さん殺されたときの顔してるじゃん~」と言われる。
僕の考えていることが読まれているのか?と少し警戒する。
 
「じゃあ、もう一枚撮るよ?」と撮り直す。
 
それは、彼女にとって何てことのない一枚だろう。
おそらく、この後全員とツーショットを撮って、「バイト仲間」フォルダに収めるに違いない。
数ある写真の内の、すぐに削除ができてしまう、たったの一枚。
そんな一枚でも、彼女のiPhoneのアルバムに少なからず存在できていることが嬉しかった。
こんなことまで考えているのは気持ち悪いかもしれないが、僕にとってのこの日のツーショットは、まぎれもなく記念日だった。
 

「笑ってね?撮るよ」
と君が言ったから
6月6日はツーショット記念日

 
残念、字余り。
カシャ。

雑念全開で撮られた写真を確認する彼女。
「も~、また笑ってないじゃん!まぁ…もういっか!」と席に戻り、再び飲み直す。
彼女のジーンズのポケットに大切にしまわれたアルバムを、僕はただ目を細めて眺めるだけだった。
 
「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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