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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑨』


「火、貰ってもいいですか?」

「大事な話は喫煙所で決まる」という噂めいた言葉がある。
商談や人事決定など、ダラダラと会議が長引いていても、一服休憩で気持ちを落ち着けたところで話が進展する、ということだ。

そんな話をどこからか聞いたことに加え、大学の友達がことあるごとに「タバコミュニケーション」最強説を唱えていた。
彼はその一説だけを武器に大学中の喫煙所を渡り歩き、様々なネットワーク網の中心にいた。
そこで獲得した女性のLINEアカウントを僕にひけらかしてきたのをきっかけに、僕はついこの間、喫煙者となったのだ。

まだ買ったばかりのライターを彼女に手渡し、この説の効果を十二分に感じながら、数多くいる喫煙所の人間からどうして僕を選んだのかを考えていた。

灰皿に近いわけでもなく、男1人も他にいて、なんなら女の人も吸っているこの空間で、見染められたのはなにか理由があるはず。
そう信じて疑わなかった。
もしかしたら、大事な話が、ここで決まるかもしれない、という期待に胸が湧く。

これまでの人生を振り返ると、このような場面が多かった。小学生の頃に消しゴムを貸したり、中学生の頃にシーブリーズを貸したり、高校生の頃に充電器を貸したり。
困っている子がいると、なぜか頼られている自分がいた。
もはや貸すために、絶対に使わないものを持ち歩く日々だった。

…そして、気付く。
もしかしたら、今回も同じかもしれない、と。
一服吸い終えた彼女は、「ありがとう」とあまりにも自然な笑顔で、煙と共に去りぬ。
あの頃の、消しゴムやシーブリーズや充電器と同じように、僕の手にライターが戻ることはなく。

吸い慣れてない煙草は、過去の記憶がフラッシュバックしたみたいに、苦い味がする。
僕はこんなときのために用意していたもう1つのライターで火をつけ、笑う。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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