匂わせの行方


Instagramでの縦文字とか、トーク番組での思わせぶりな発言とか、ブログでのペアルックの片割れの写真とか、全部全部しょうもない。

どうせ匂わせるんなら絶対にバレないようにやればいいのに、程よいラインをついてくるのはどこかでバレてほしいという欲求が存在しているからだろうか。
こんな禁断の恋愛をしている私たちを見てほしいという馬鹿げた感情を持ってしまっているからだろうか。
このギリギリのゲームを楽しむことでスリルを味わっているのだろうか。

週刊誌記者でフリーライターの私は、今日も多種多様な情報を食い漁る。
芸能人のSNSや雑誌の記事はもちろん、報道のインタビューやバラエティのトーク、取材会見や握手会など、足で稼げる情報はどこまでも行くし、スマホで掴める情報は一晩中Wi-Fiをオンにして調べている。

最近は芸能人でもTwitterやInstagramで気軽に発信できる時代になり、私たち記者もさまざまなメディアに目を見張る。
熱愛が発覚したアイドルなんかは過去の投稿をひっくり返すように読み直し、なにかヒントが隠されていないかを探す。

場所、時間、洋服、靴、髪の毛、食べ物、飲み物、部屋、家具…
縦読み、斜め読み、横読み、ハッシュタグ…

些細なことでも匂わせなんじゃないかと思ってしまうくらい、疑心暗鬼の鬼中の鬼になっている。横読みはもはや普通なのに。
それくらい記者という仕事は疑って疑って疑って、食ってかかる。
誰かを不幸にする仕事でもあり、誰かを幸せにする仕事でもあるのだ。そう思わないと自分でもやっていけない。
一応、信念を持ってこの仕事を選んでいるつもりだ。
記事になったときの目に見える世間の反響が、やりがいでもあり快楽でもあるのだ。

そんな中、ある男性芸能人がInstagramで興味をそそる投稿をした。
夜の9時過ぎ、夜景の写真。

ここからの景色!

自宅から撮影したのだろうか。イマドキは窓からの写真だけで自宅を特定されてしまうのに無用心な男だ。
2〜3年前は主演級のドラマや映画に立て続けに出演をしていたが、今は旬を過ぎて脇役に徹することが増えてしまった。

「〜しまった」というのも私のせいなのだが。

私がスクープをスッパ抜いて、彼を奈落のドン底に突き落とした。
当時は同じクラスの有名女優と結婚して押しどり夫婦だったものの、別の若手女優との不倫が明るみに出て、干されてしまったのだ。
明るみに出したのは私。世に広めたのも私。
そこから先は転げ落ちるように芸能界の下の方を彷徨っていた。なんとか少しずつ舞台や映画にも復帰しつつ、細々と俳優業を続けているようだ。
彼は一生、私のことを恨むに違いない。もちろん、私がその記事を書いたなんて彼は知りもしないし、私の顔も名前も割れていないのだが。


普段は出演舞台の告知や、控え室での一コマを投稿することが多いので、プライベートでの写真は初めて見たような気がした。

これはもしかして…
新たな恋愛に踏み出したのだろうか。あれから何年か経って、新しい出会いがあってもおかしくない。頭も良くない方だろうし、匂わせをしそうな予感がプンプンする。
私はどこかウキウキした気分で眠りにつく。明日もちゃんとチェックしよう。


翌日、私の思った通り、彼はInstagramを投稿した。お風呂上りの時間なのだろうか。昨夜と同じくらいの時間帯。
テーブルに置かれた化粧水の写真。

ローション液!めっちゃ肌になじむ!


最近では男性芸能人もSNSでメンズコスメを紹介することが当たり前になってきた。が、彼みたいな三十路近くの男性が取り上げるのはあまり見たことがない気がする。
しかも使っているローション液は、メンズコスメというよりかは女性の肌に馴染むように作られた高級ブランド品。
ますます怪しくなって、私の中にあるゴシップ欲も疼く。私は同じローション液を使っている芸能人がいないか片っ端から探した。
女優、モデル、歌手からインスタグラマーまで、ありとあらゆる投稿をスクロールしまくった。
しかし、有名な化粧品であるがゆえに、投稿している芸能人はいるものの、決定打に欠ける。彼との関係性を調べても思っていたような検索結果は出てこず、不発に終わった。
ただ、明らかに何かがあることには間違いがない。これまでになかった投稿が二日連続で続くなんて怪しすぎる。
しょうがない。様子を見よう。明日を期待して今日は部屋の明かりを消す。

翌日、私の期待通り、彼はInstagramを投稿した。
またしても昨夜と同じような時間帯だ。誰かと時間を合わすように示し合わせているのだろうか。マグカップに入ったコーヒーと豆の入った銀色の袋の写真。

すっかり中毒に!おいしいこれ。

コーヒーを好んで飲むような人だっただろうか。1年ほど張り付いて調べていた時期もあったが、あまり飲んでいる姿を見たことがなかったので意外だった。家ではよく飲んでいたのかもしれないが、豆の種類も独特で不審な匂いが残る。コーヒー好きの私でようやくわかるような珍しい豆で、誰か親しい人から教えてもらった可能性が高い。
私は今度は「コーヒー、豆」で検索して女性芸能人のSNSを隈なく探した。しかし、またもや思ったような結果は得られなかった。数件ヒットしたものの、年配の文化人や到底交わることがないであろう地方アイドルなど、これが匂わせであればもはや匂わせる気がないだろう。
私でさえそっとしといてあげたいと思うくらい、わかりにくい匂わせだ。
こんなはずじゃない。彼であればもっとビッグスキャンダルをふりまいてくれるに違いない。そう信じて、私は枕に顔を埋める。

翌日、同じ時間になってもなかなか投稿はされず、拍子抜けした。
仕方なくお風呂に入り、湯船でぼーっとする。
私の思い違いだったのだろうか。ただの戦略で、プライベートもどんどん露出していこうという事務所の方針転換なのだろうか。
たしかに、仕事が減ってきてYouTuberになる芸能人も多い中、かつてのスキャンダルで知名度が高い彼が活躍の場を広げる考えも納得ができる。


私は悔しがりながらも浴室から出て、いつものお風呂上がりの時間を過ごす。
もう一度彼のInstagramを確認しようとアプリを開いて写真が目に入った途端、身震いで声が出なくなる。これは…。



よなか12時



902号室と表示されたマンションのドアが映っている。
その瞬間、私は匂わせの全ての点と点が線で繋がった。

私はかろうじて動かせる筋肉を全部使い、部屋を見渡す。


カーテンを開いた先に見える、9階の窓からの夜景。
テーブルに置かれた、ボトルのキャップが開いたローション液。
飲みかけのコーヒー。お気に入りの銀色の豆の袋。
そして、私の部屋番号。時計を見ると、日付の変わる丁度1分前。

インターホンが鳴る。
怖くて身動きがひとつもとれない。
手からスマホが滑り落ち、画面が床に当たる音が響く。
無残に散ったスマホから、匂いが漂う。






ここからの景色!  
ローション液!めっちゃ肌になじむ!  
すっかり中毒に!おいしいこれ。
よなか12時  



もし、私の文章に興味を持っていただけたら、サポートお願いいたします。いただいたサポートは活動費として大切に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。