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あのコ主演のメリークリスマス



伊勢丹を出た途端に、風は吹く。

マフラーに顔をうずめる僕に、今年一番の寒さとやらが嫉妬しているのだろう。
赤と緑の線で彩られた紙袋を持っていかれそうで、大事に握りしめる。
あのコに似合いそうな、モコモコのパジャマ。
いい生地で、うざくないピンク色で、触り心地が良くて、あったかそうで。
部屋着にしてはちょっといい値段で、なかなか自分では手が出ないようなちょうどいいラインのプレゼント。
綺麗にラッピングしてもらって、シールなんか貼ってもらって、金色のリボンで結んで、それを丁寧にほどくあのコの姿を妄想する。

きっと喜んでくれるだろうって、この時間が愛おしくて。

駅までの僅かな距離を早歩きで帰り、そそくさと電車に乗る。
スマホのメモ帳には今日のドラマのプロットがまとめられている。
もちろん、主演はあのコ。
僕がシナリオを書いて、プロデュースして、演出して、きっと華やかな一日になるに違いない。一連の流れを振り返りながら、準備する小道具を確認する。
プレゼント、買った。クリスマスケーキ、買った。ケンタッキー、予約した。
ホーム・アローン、借りた。クリスマスプレイリスト、作った。

あ、ひとつ忘れてた。

最寄駅で電車を降りて、駅前の本屋に駆け込む。クリスマスコーナーの絵本と一緒に並んだギフトカードを眺め、どれにしようか表裏をくるくる回す。
飛び出るカード、音の鳴るカード、あのコの好きなキャラクターカード、あのコに似合いそうな花束が詰まったカード。
悩みに悩んで、ハートマークが真ん中にあって、「Merry X‘mas」の文字がその下に書いてあって、周りに雪が降っているデザインを選ぶ。ハートマークの中にはギフトボックスやケーキや七面鳥やこどもや音符のイラストが小さく描かれていて、赤いリボンで結ばれている。


カードを持って喫茶店に入る。
ブレンドコーヒーを頼んで、席に座り、一口だけコーヒーを口に注ぐ。
カードの封を開け、裏に何を書こうか考える。
ありがとうの気持ち、大好きな気持ち、ずっと一緒にいたい気持ち、離れたくない気持ち…。
マズいマズい、どんどん重くなってしまってる。
そもそも、クリスマスって何を伝えるイベントなんだっけ?
メリークリスマス!って言葉の中には、どんな感情が含まれるんだろう。
数十分考えた末、ペンを取る。


『今日も、明日も、これからも、僕の人生はキミが主演です。どんなドラマになろうとも、ハッピーエンドにさせる約束をします。
今日は一年に一度、素敵な演出のクリスマスを、どうぞお楽しみください。』


ふう、と息を吐き、ペンを置く。
ちょっとキザ過ぎるか、と思いつつもドラマってこれくらい大げさだもんな、とも思う。
カードを伊勢丹の紙袋に入れて、コーヒーを慌てて飲み干す。
腕時計を見ると、6時半過ぎ。僕のタイムスケジュールでは7時からオンエアだ。


急いで歩く家路のなか、脳内で再生する。
僕の部屋にあのコがやってきて、ふたりきりのクリスマスパーティー。
僕が用意した小道具が順々に出てきて、まるでギフトカードのような映像がそこには映し出されるだろう。
プレゼントではしゃぎ、ホールケーキを頬張り、ケンタッキーで手を汚し、ホーム・アローンで笑い、クリスマスソングで踊る、あのコ。
そんな、ほっこりするような、ドラマのワンシーン。


完璧なシナリオには、完璧な演出がつきものだ。


聖夜は星が瞬いて、空を見上げるとゆっくりと雪が降ってくる。
ホワイトクリスマスは想定外だったけど、聖なる夜にふさわしいオープニングだ。
主題歌を変えなきゃな、とスマホを取り出す。


すると、あのコからのLINEの通知。
「家着いたよ!まだ??」

入り時間よりも随分早く来てしまうところもあのコらしくて、僕と同じくらい今日という日にときめいているんだろう。
きっとあのコも白い雪に興奮して、ワクワクして、足取りが早くなったんだろう。
後付けのシナリオが勝手に追加されて、このドラマを密かに演出する。
誰のものでもない、ふたりだけの、つまんないドラマがせわしなく始まろうとしている。

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