見出し画像

退院〜誕生日まで【療育ケア児の記録】


約2ヶ月間のNICUでの生活を経て、
現在に至るまでの息子Y君の成長記録を時系列で綴りたいと思います。

退院から1歳になるまで


東京に戻ってくるまで

Y君がNICUを卒業して約2ヶ月間は妻の実家にて過ごしました。
その間に6回の通院を行いました。

先生の判断と、いつまでもばあばに迷惑かけてられないので
飛行機で自宅に帰ってきて、一緒の生活が始まりました。

母乳が飲めなくなる

生後3ヶ月頃から直接母乳が飲めなくなりました。
新生児は本能で母乳を飲むことができますよね。反射的に吸い付き飲み込もうとします。2〜3ヶ月はそうやって飲むのですが、それ以降になると本人の意思で哺乳するようになります。
しかし、Y君は自分の意思で飲めませんでした。シリコンのニップルプロテクターを使用したり、頭の角度や、タイミングなど妻も色々と工夫を行いましたが泣き叫んでしまうんです。
妻の搾乳の日々の苦労、お疲れ様でした😂


舌小帯短縮症

Y君は母乳もそうですけど、哺乳瓶のミルクも飲むのがヘタくそでした。
原因の一つに、舌が動かせなかったため。
舌小帯(舌の下にあるすじ)が舌の先端の方にあるので、すじに引っ張られていました。
なので、そのすじを切って舌を動かせるようになりました。

それで生後4ヶ月に歯科にて手術。
やり方としては、舌の一部に麻酔をかけてカット。
手術も1分くらいで終わりました。
血もあまり出ずに済みました。傷口を縫い、1週間後抜糸。


しかし、効果はありませんでした。

摂食・嚥下

授乳・哺乳がうまくできない理由は現在でもはっきりしてないのですが、口腔機能が弱く、よくむせ込みます。
また逆流しやすい体質らしく嘔吐する頻度も高いです。
一度に飲める量も一般的な新生児と比べてY君は少なめにあげていました。
それでもミルクの度にギャン泣き&ゲロゲロを繰り返してました。

点頭てんかん(ウエスト症候群)

退院して暫く経った頃から、発作のような症状が現れてきました。
最初はモロー反射なのかと思っていましたが、症状がなんとなく違うような気がするのと、なかなか治らなかったため主治医に相談したところ、てんかんの可能性があるということで生後8ヶ月頃に脳波検査を行いました。

睡眠導入剤を飲ませて寝かしつけを行い、頭に電極をつけて脳波の検査をしました。
それもかなりの数がつけられました。それらを1本のコードのようにまとめられ、外れないようにネットを被せられたのですが、それがピクミンのような、、、
我が家ではピクミン検査なんて呼んだりしていました😅


検査結果は、、、
特徴的なてんかん性異常波が見られたため、点頭てんかんを診断されました。
このまま放っておくとさらに脳へのダメージが増えるということでACTH療法を行いました。
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を筋肉注射することによって、発作や脳波所見を改善させるものです。
1ヶ月間の入院により、脳波に関してはほとんど正常に戻りました。
しかし発作がまだ残っているため、薬(マイスタン)でカバーしましょうということで、調節してもらいました。

薬は現在も飲み続けています。

ピクミンY君

胃管

生後11ヶ月頃、風邪を拗らせてしまい入院、気管支炎と診断されました。
回復後、誤嚥性肺炎の危険性もあると診断されたため、胃管になりました。
(ミルクや薬の吐き戻し症状が頻繁にあったことも理由の一つ)

でも初めのうちは、Y君の調子がいい時はミルクにとろみをつけて飲ませて、確実に飲ませたい時はシリンジで注入という形をとっていました。
現在は食事のトレーニング以外は全て注入。

誕生日


気管支炎と胃管が立て続けに起こったので1ヶ月半くらい入院したため、
1歳の誕生日は病院で迎えました。病棟ではプチお祭り状態でした。

ベット周りの飾り付けを行い、たくさんの看護師さんが集まってくれてお祝いをしてもらいました。
Y君からしたらなんのこっちゃって感じなんでしょうけど、親からすると忘れられない1日となりました!

1歳の誕生日
病院の誕生日ケーキ🍰

この記事が参加している募集

#子どもの成長記録

31,648件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?