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穴顔

啓太さんは、国際ボランティアの仕事をしている。
学生の頃から長期休みになると必ずネパールに赴いたそうだ。
当時、彼は現地で医療施設スタッフをしていた。
毎日分担場所が違い、人との関わりが多い。それが好ましかったという。

この日は院内の案内係だった。
1人の老婆を検査室まで連れていくことになった。
覚束無い足取りをしっかりと支えて歩く。
--チリン。
老婆のつけている装飾品が鈴のような音を出す。
「いい音ですね」
「アナタには聞こえるのね」
老婆は指を下に向けて揺らし、自分と啓太さんの距離を測るような仕草をした。
「あ! すみません。近付きすぎましたね」
この時、啓太さんはスタッフとはいえ男が女性に近付きすぎていると言われたのだと思った。
異性間での触れ合い、特に外国人の自分ともなると現地の人間は気にするのだろう。
装飾品の音が聞こえるような距離にいるな。そういう風に解釈をした。
そこからは危ない時だけ支えるように、丁寧に接したそうだ。

「ねぇ、今日のお礼に貰って。アナタに貰って欲しいのよ」
老婆は帰りがけに手のひらほどのザラザラした木の実を手渡してきた。
見るとココナツの実が乾燥したものだった。
「私がジャクリだった頃の占い道具。悩んだら振って。もし顔が出たら進む。それ以外が出たら止まって」
彼女はそう言い、半ば強引に押し付けて去っていった。
実は軽く、揺らすと何がひとつ入っている。
硬貨ほどの穴が開いていて、そこから覗くと木で出来た球体があった。
顔とは何の事だろう。隠語だろうか。
そう思い、穴に目掛けて振ると顔が出た。

「澄江!」

恐らく球体に彫ってあったと思われる、この顔。
日本にいる恋人の顔とそっくりであった。
しかも苦悶の表情を浮かべている。
驚き、現地のスタッフに話すが、皆いいものを貰ったねと言う。
ジャクリの道具だからと。
ジャクリというのは呪術師やシャーマンのような存在で、運命を定める力があるのだそうだ。
啓太さんはこの日から幾度となく実を振った。
しかし最初のように澄江さんの顔が出ることはなかった。
ただ、点と線だけの落書きのような顔は、毎回出ていた。

啓太さんは胸に不安を滲ませた。
そして老婆の言葉を反芻するうちに、答えが出たそうだ。
ボランティア期間を終えて、帰国後すぐに澄江さんに会うことにした。
日本にいて欲しいと頼む彼女に別れを告げるために。

「勝手で申し訳ないんだけど、別れてくれないかな」
--チリン。

彼が別れの言葉を口にした瞬間。装飾品がぶつかりあったような音がした。
音に反応してか、俯いていた彼女が肩を震わせる。
「澄江……?」
澄江さんが顔をあげると、苦悶の表情をしていたという。

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