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溜まる澱

長野県に人肉を出していたと噂される、既に廃墟になっているレストラン跡がある。
廃墟マニアの咲子さんは目当ての廃旅館のついでに立ち寄ったそうだ。

背丈ほどある植物に囲まれ、太い蔦や折れた樹木。
歩くに難儀したが、すぐに土に汚されたコンクリートが覗いているのに気付いた。
長屋に台形を逆さにした屋根を乗せたような、不思議な骨組みをしていた。
全焼したと聞いたので、おそらく鉄筋コンクリートの造りだったのだろう。
廃墟というには目立つものが無い、がっかりするようなものだった。
落書きや荒らされた跡を残念に思いつつ、写真に残してその場を去った。

自宅に帰ると、すでに夜だった。
到着するなりソファに寝転び、夢うつつを彷徨い始める。
体は疲労で動かないままに眠ろうとしていた。
ふと気付けば、何か外が騒がしい。サイレンだろうか。
首だけ窓の方に向けると、カーテン越しにもわかるほどにオレンジ色に光っていた。

―火事だ。
寝ぼけた頭が醒める。逃げなくてはいけないのに力が入らず動けない。

その時、玄関から音がして数人ほど入ってきたような気配がした。
どうやらキッチンにいるようだ。
助けを求めようとしたが、喉にも力が入らない。

ガスッ
何か殴るような音。
続いて重いものが落ちる音が連続して数回。
微かな水音も聞こえ始めた。
救助隊が何かしてくれている。そう思った。

ガスッガスッ
ボキッ

何をしているかわからないが、音が大きくなっていく。
自分の存在が知られるようにと精一杯力を絞り声をあげた。
「助けてください!」

キッチンへのドアが開き、その先に血まみれの男性が立っていた。
眼を大きく見開いて、爪を無心で噛む姿。
「そうだったなら面白いのに。面白かったのに」と繰り返し呟いていた。

あまりの事に何もできずに凝視したが、見ているうちに男は薄らいで消えた。
ピントが合うかのように、現実に戻った感覚。
そして火の存在が消えているのに気付いた。
光も、熱も感じない。サイレンさえ鳴っていない。

静まりかえった部屋の時計は22時。
帰宅して1時間ほどしか経っていなかったそうだ。

疲れすぎて見て夢なのか、現実の怪異なのか。
実際は人肉ではなくジンギスカンを出していたというレストラン。
噂のせいで心霊スポット扱いになり、数えきれないほどの人が足を踏み入れているという。
人肉を捌く光景など夢想したものもいるだろう。
その思念は澱のようにその場に溜まり続けているのではないのだろうか。

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