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記憶の紙魚

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雨森が集めた怪談。 こっそり怪談イベントの感想も。 ※朗読や語り利用されたい方はご連絡ください。 内容の肉付け含め相談OK。勉強中のため無償です。
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#道具

重奏打

DIYにはまっているという誠司さん。 きっかけは祖父の日曜大工だそうだ。 彼の祖父は、定年退職してから毎日のように家の改造やら小さい家具を作っていた。 そして、作業場にこもる時は「誠司もおいで」と必ず誘ってくれたそうだ。 幼い誠司さんは作業場で端材を組み立てて遊んだり、祖父の手伝いをした。 しかし、稀に作業場に入らずに家の中で遊んでいることもあった。 そのような時は家に響くトンカチの音がBGMのようになっていたという。 そのトンカチの音が二重に聞こえた日があった。 祖母が

穴顔

啓太さんは、国際ボランティアの仕事をしている。 学生の頃から長期休みになると必ずネパールに赴いたそうだ。 当時、彼は現地で医療施設スタッフをしていた。 毎日分担場所が違い、人との関わりが多い。それが好ましかったという。 この日は院内の案内係だった。 1人の老婆を検査室まで連れていくことになった。 覚束無い足取りをしっかりと支えて歩く。 --チリン。 老婆のつけている装飾品が鈴のような音を出す。 「いい音ですね」 「アナタには聞こえるのね」 老婆は指を下に向けて揺らし、自分と

さるそば

物置といえば、庭にあり、大体幅2メートルほどの大きさを想像するのではないだろうか。 翔太さんの家の物置も、そのぐらいの大きさだという。 たまにしか使わない道具等が入っており、その中には石臼もあった。 この石臼は未だ現役。 年越し蕎麦用のそば粉を挽く。 何も年末だけに限定しなくても、夏などは蕎麦を啜りたいもの。 その夏、翔太さんは母親に手打ち蕎麦を食べないかと提案した。 しかし、母親は石臼を使わずに市販の蕎麦粉で拵えたそうだ。 「石臼って使いにくいの?」 「あれは年の瀬しか使

おいしいね

田城さんの知り合いに子供用フォークを愛用する男性がいる。 何でも上野の骨董市に行った際に、衝動的に購入したそうだ。 物は試しと使ってみたところ、非常に使い勝手がよく、手に馴染む。 5歳ぐらいの子供が使うような小さいフォークは、ガタイのいい、この男性を虜にした。 田城さんが食事に誘った時も、必ずこのフォークを持参している。 丸みを帯びた形状の金属。持ち手はこっくりとした飴色の木。 中年男性には非常に不似合いだった。 「ごめんな。こんなの使って」 「なかなか面白いから構わないよ

祀られる快楽犯

晃久さんの実家には大きい神棚がある。 襖二枚分程の幅で、造りも神社の一部を切り取ったかのように凝っている。 飴色になった木が物の古さを表していた。 神棚の中央には御札と古い鉋(カンナ)があった。 父親は毎朝水を取り換え、鉋を紙で拭き、手を合わせて深く一礼する。 晃久さんはそれが当たり前のものだと思っていた。 だが、友人の家などで見ると神棚や御札はあっても鉋はない。 最近になって、父親に尋ねてみたそうだ。 「なんで神棚に鉋なんて置いてんの?」 「気付いたか。そうだなぁ。お前も

渦男

今はテレワークでの仕事が主になったという芽衣子さん。 彼女は電話対応が多い部署でなかなか在宅化ができなかった。 ようやく移行できるという時に、携帯電話とブルートゥースイヤホンが支給された。 イヤホンは配達員などがつけるような、片耳タイプの小さめのものだった。 家ではベランダに向かうように机を置いていた。 そうすると3階にある部屋からは隣の敷地にある大きな公園が見える。 遊ぶ子供達。散歩するご老人。 昼の景色を感じつつ働くと、優雅な気分になれたそうだ。 芽衣子さんはこの労働環

けもの傘

志摩地方のお盆には傘ぶくという行事がある。 新盆を迎える家は和傘に故人の愛用品をぶらさげて練り歩くというものだ。 この和傘は白く、同じく白い布が目隠しのように垂らされ、内側の骨に物をかける。 布には戒名、屋号、新盆者の俗名、没年令などが大きく書かれているそうだ。 水谷さんは婚約者を亡くしていた。 彼女の新盆だと、彼女の家を訪ねたそうだ。 傘にさげることを許してもらい、取り付けたのはネックレスだった。 水谷さんの家に置いたままになっていたが、元々はプレゼントした日から毎日つけ

三日月と隕石

チヨさんは生まれつき右手小指の爪がない。 本来の爪があるはずの場所を押すと、とても柔らかいらしい。 つるりとした指。チヨさん自身、この小指を愛しく思っているという。 「爪は無いんですけど、爪切りはするんです」 他の指の爪が伸びたな、と感じたらその夜に爪切りをするそうだ。 しかも、とても切れ味のいい握り鋏を使う。 きっかけは中学生の冬休み。 偶然、本で江戸時代は握り鋏を使って爪を切っていたと見かけた。 好奇心がむくむくと胸で育ち、裁縫箱から握り鋏を取り出した。 糸を切る時