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散歩型の設計手法で最良の空間を目指す

一級建築士で設計の仕事に従事している私が、中古の一戸建てを購入し、リノベーションして住むまでの一連の流れについて振り返る記事です。
前回でやっと中古物件の売買まで書きました。
過去の記事はマガジンでご確認下さい。

さて、今回はこの中古物件に出会ってから、着工するまでの3ヶ月の設計期間に考えたことを振り返っていきたいと思います。
思い立って1週間で物件を見つけたが、ローンの仮審査やそのための概算、基本設計を終えるのに1ヶ月、手付金を払って移転登記等の期間で2ヶ月でその期間中に実施設計を行いました。
ちなみに基本設計と実施設計の違いはこんな感じです。
基本設計:構想やイメージ作り。お客さんに向けた図面。
実施設計:工事のために細かな部分を決めていく。施工会社に向けた図面。

1.散歩型の設計手法でリノベーションをする

設計と一言で言い表されるが、その手法や思想は様々なものがある。
普段、設計士の仕事として新築住宅の設計をする際は、目指すべき空間、言わばゴールを定めて、そこに向けてどう積み上げていくかを考えて設計していく。
例えるなら、ゴールがあるマラソンをしているイメージ(マラソン型)である。
しかし今回は残したい部分が第一にあって、どのように壊したらきれいに残せるか、どこまで残さないと辻褄が合わないかを考えて、結果的に空間ができるといったイメージで設計を進めていった。
前述のマラソン型とは異なり、目指すべきゴールを具体的に思い描かず、場当たり的にどこに向かうか考えて、結果的に辿り着いた場所がゴールといった感じで、散歩をしているかのようなイメージ(散歩型)で設計を進めた。
リノベーションは真っ新な土地に建てる新築とは異なり、既存の動かし難い条件があり、どれだけ詳細に調査しても解体してびっくりなんてこともあるため、どうしてもマラソン型では途中でつまずいてしまうことがある。
場当たり的に、柔軟に既存の状態を受け入れつつ、進む大きな方向性だけは間違えずに、散歩型で進める方が上手くいくと考えられる。
当然建築士にも得意不得意があり、マラソン型が得意な建築士にリノベーションをお願いしても上手くいかない場合があり、散歩型ができる建築士を見つけてリノベーションした方が良い。

2.基本構想(コンセプト)の立て方

中古物件を見た時に広さや立地に満足しただけではなく、うまく言葉にできないどことなく漂う雰囲気に惹かれた。
それは夫婦の共通見解でした。

台所があって、真壁の和室があって、縁側があって、庭がある。
それらの空間は襖や障子でゆるく仕切られている。
当時は上手く言語化できなかったが、今振り返ると原風景の中にある「実家感」「お盆に行く祖父母の家」っといった感じにグッと惹かれたんだと思う。
初めて見た時点で「実家感」を活かすことがコンセプトになり、散歩型の設計手法で歩む大雑把な方向性になった。

3.実家感のポイント

この4点が「実家感」を構成する要素であると考えた。

・柱が見える真壁の構成
・欄間、障子といった和の建具
・1間(いっけん)、1820mmの高さで廻る長押とそのスケール感
・縁側越しの庭

柱が見えること、欄間や障子があることは和室らしい設えだ。
仏間や床の間なんかもあって、お盆や法事でお参りしたあの部屋だというイメージを連想させてくれる。
長押とは本格的な和室によく見られるもので、建具の上に回っている10cmぐらいの高さのものだ。
イメージしやすいのは実家の和室で、ハンガーに洋服を掛けて身長よりも少し高いぐらいの位置の木の部分にハンガーを掛けるあの木の部分が長押だ。
この長押は和室の四周に廻っていて、高さは1間(いっけん)1820mmの位置にある。
1間は6尺と同じ長さで、いわゆる尺寸寸法を基準とした日本建築独自のモジュールで、日本人の身体スケールに合致した寸法となっている。
この1間の高さに長押という線が通っている空間は、実家の和室で見かける雰囲気だし、不思議と落ち着きを感じるのが日本人の共通感覚だと思う。
最後に、縁側と庭の関係も実家を彷彿とさせる。
建築の専門家の私だが、正直縁側の具体的な使い方はわからない。
和室があって、縁側があって、庭がある。
これは格式のある住まいにはお決まりの構成で、縁側は外と中をゆるくつなぐ中間領域に位置している。
外でも中でもない曖昧な雰囲気こそが縁側の魅力でもあり、実家で仏間、客間、縁側をぐるぐると走り回ったり、そこから庭に飛び出したりしたあの感じも実家感だなとも思う。

4.デザインと機能のバランス

「実家感」を構成する4つの要素をデザインとして上手く活用し、それを実現させるために場当たり的に考える散歩型の設計手法で設計に取り組んだのが今回のリノベーションのポイントになる。
しかし大事なことはもう一つあり、それは機能性である。
住みやすい環境、快適性、使い勝手等、いくらデザインが良くても機能性が無ければ途端に住みにくい住まいになってしまう。
機能的な面での問題点、それら問題への対策、そして「実家感」というデザインとのバランスの取り方については、また続きを書こうと思う。
今回はこの辺でお終い。


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