見出し画像

「日曜日の夜」が好きだった。

「日曜日の夜」はお父さんとふたりでお風呂に入る、というのが子供の頃の何となくの決まり事だった。

日曜日は、お父さんの仕事が唯一休みだったのだ。

当時、『笑点』、『まる子ちゃん』、『サザエさん』の後は、19時から『こち亀』が放送されてた。
それが2000年代前半の日曜日の夜の風景だ。

おれはサザエさんまで観れば満足だったのだが、こち亀はお父さんの週末の楽しみの一つであった。
EDの『葛飾ラプソディー』が終わると、お父さんは「おし、風呂入るべ。」と声を掛けて来た。

湯船の中では「あっち向いてホイ」をするのが定番だった。
勝った方は、一回一回負けた相手の顔にお風呂のお湯を「バシャッ」と掛けても良いというルールだった。

シンプルでくだらないが、笑いながらこれを毎週末やった。

その後はいつも「ダブル」で頭と身体を洗った。
“ダブル”はおれのお父さんが使うオリジナルの言葉だ。

「普通」は、①髪を洗って、②頭を流して、③身体を洗って、④身体を流すと思うが、「ダブル」は、①髪を洗って、②身体を洗って、③髪と身体を一緒に流すので工程が一つ少なくてスピーディなのだ。
今考えるとスピーディにする必要があるのかは良く分からないが、何となく「ダブル」という響きがカッコいい気がした。

ちなみに現在おれは、頭と身体をそれぞれシングルで洗っている。
要するに普通に洗っているのだ。




風呂を上がって髪を拭くと、お父さんは必ず『シーブリーズ』を頭に付けた。

シーブリーズは今では中高校生など若者が使うイメージが強いかもしれないが、当時はむしろ「おじさん」のものだった。
元々シーブリーズは、アメリカのブランドだが7、80年代に日本でも流行した。

だから、その時代ちょうど「若者」であったお父さんたちの世代(大体今60代の人たち)は、シーブリーズを良く使っていたのだ。

ちなみに、再び若者のイメージが付いたのは2007年にカラフルでスタイリッシュなデザインの容器に入った「デオ&ウォーター」というシリーズが中高生をメインターゲット層に発売されたからである。
ちょうどおれが学生の頃にたくさんCMが流れたのがちょっと懐かしい。

体育の時間の後はみんなこぞってカバンの中から色とりどりのシーブリーズを取り出し、それを自慢げに身体に塗りたくっていた。

当時のお父さんが使っていたシーブリーズは、現在のように爽やかな感じではなく、薬っぽい香りがした。
それはまだ小さかったおれからすると、かなり「ヘンなニオイ」であった。

お父さんは風呂上がりにシーブリーズを使うといつもついでに「てつも付けるか?」と言って来た。

ちなみに、彼になりのシーブリーズの「こだわりの付け方」みたいなものがあった。
まず上の方を向いて、おでこの髪の生え際に2、3箇所に分けて少量のシーブリーズを垂らし、頭皮に這わせる。

その後、30秒ほど指で全体に馴染ませながらマッサージするように揉み込む。その後、ドライヤーで髪をかける。

そうすると特に夏はメントールで頭皮がスースーして気持ちが良かった。




多くの子供にとって、自分の「お父さん」は「オトコらしさ」みたいなものの象徴であると思う。

そしておれの場合「お父さん」と、彼が風呂上がりに使う「シーブリーズ」も何となくイメージとして繋がっていた。
だからおれにとってシーブリーズは「オトコらしさ」のメタファー的なアイテムだった。

現在も昔も、おれの性格や感覚や趣味は「オトコらしさ」からはちょっと遠いいと思っている。
子供の頃から、本を読むことや黙々と絵を描くことが好きだったし、女友達も多い。料理も得意だ。

全くもってそれが嫌なわけじゃない。
フラットな意味でそれが「おれらしさ」というものだ。

それでもおれは、子供の頃「日曜日の夜」が好きだった。
日曜日の夜だけは、おれもお父さんみたくちょっとだけ”オトコ”になれた感じがした。

当時のおれは、お母さんもお姉ちゃんも入ることの出来ない、父親と息子のおれだからこその「オトコ同士」の関係性をそこに感じていたのだろう。
シーブリーズを使って貰う度、お父さんに「オトコ」として認められた気がして、ちょっとだけ誇らしかった。

そしておれはその度に思った。
「やっぱヘンなニオイだ。」

最後まで読んでくれてありがとうございます! ふだんバイトしながら創作活動しています。 コーヒーでも奢るようなお気持ちで少しでもサポートしていただけると、とっても嬉しいです!