祖父の火葬で父がユーミンを流した話


音楽には不思議な力がある。というとちょっと抽象的だが、その曲を聴いていたときの情景が思い浮かぶというのは心当たりがあるのではないだろうか。僕の場合、大学受験当時に聴いていた音楽を聴くと受験前に中央線に乗っていたことを思い出すし、大学時代のアニソンを聴けばサークルの仲間と無駄話をして時間を潰したことを思い出す。そんなふうに、音楽と記憶は密接な関わりを持っていることは間違いないだろう。今回はそんな、音楽と記憶に関する個人的な話をしたい。

世界がコロナ騒ぎに包まれるよりも前、昨年の10月。父方の祖父が亡くなった。葬式への参加要請が父から来た。葬式は僕にとって初めての経験だったが、元々1年近く入院していたということもあって、亡くなったことにはさして動揺はなかった。動揺だけでなく、喪服もなかった。だって葬式は初めてだから。親戚が多くなく、ご年配の親戚は物心つく前に亡くなってしまっていた。

当日はあいにくの曇天だった。弔事らしい日とも言える。新潟らしい日とも言える。曇天模様と同様に、葬式もまたしめやかに行われた。親戚は数少ないながら、存じ上げない方もいた。聞けば祖父の妹さんらしい。大叔母にあたる方だ。そこまで遠縁というほどでもないのに、会う機会がなかったのが不思議だ。

読経の間、いや、その前から。泣いていたのはその大叔母と、父だった。父はファザコンでマザコンだ。そんなところと、その他諸々が原因で、数年前に離婚している。泣いてる2人の横で僕はというと、ちょっと笑いそうになっていた。いや、別に面白いことが起こっていたわけじゃない。真面目な場で、真面目に進行している。しかし、なぜか笑いそうになる。
こういうことなのかと実感した。2ちゃんねらー達がよく言っていた。なぜか葬式では笑いそうになると。笑みがこぼれそうになるたびにハンカチで口元を隠したり、小さく咳払いをしてやりすごすうちに、ようやく読経は終わった。

そして最後に、現世を旅立つ祖父との別れをすることになった。棺を開けると、痩せ細った祖父が静かに眠っていた。昔の、寡黙ながらかっこよかったおじいちゃんの面影は薄れ、骨にかろうじて皮膚だけが残っているような状態だった。最後の1年、寝たきりだった祖父。その闘病の痕跡が、その姿に見て取れた。それまでは動揺もなく、なんなら笑いそうになっていた僕も、さすがにショックだった。人は死ぬと、こんなふうになるのか。28歳にして初めて出席した葬式で、ようやくそのことを知った。

姉が泣いていた。直前までは僕の体型をいじり、妹の連れてきた甥っ子にデレデレしていた姉がだ。子どもの頃は怖くて仕方なかった姉がだ。その涙を見て僕はようやく、おじいちゃんが亡くなったということを実感した気がする。

棺に花を入れ、最後に祖父が書いた習字作品を入れた。達筆すぎてなんと書いてあるか読めない。祖父は昔から習字を嗜んでいたから、祖父母の家には条幅用紙がたくさん並んでいた。書道になんの興味もなかった僕は、ついにはなんと書いてあるか一度も聞かぬまま別れることになってしまった。一回くらい聞いてやればよかった。ちょっと後悔している。

男衆で棺を持ち、車へ運び入れる。火葬場に向かう。静かだった。火葬場でまた最後の挨拶をした。人の、家族の死とはこういうものなのか。最後だと思うと寂しさも込み上げてくる。そうして静かに僕の初めての葬式参加は終わるはずだった。

事件が起きたのは、その時だった。

父が、祖父に話しかけに行く前、なにやらスマホをいじっていた。何をしているんだろう。最後に写真でも撮るんだろうか。そう思って見ていると、音楽が流れ始めた。

♪〜白い坂道が空まで続いてた〜♪

え?
……え?

数日前に訃報を受け取ってからここまでで、否、1年前に祖父が倒れてからここまでで、一番動揺したのはこの瞬間だった。周りを見ると、姉と妹も僕と似た困惑の表情を浮かべている。そして笑いをこらえながら「あれ、なに?」「わからん」「あほじゃない」と、こそこそと話した。

だって思わないだろ。火葬場で、喪主が、スマホで、ユーミンを流すなんて。

そこから先はもう駄目だった。結局ユーミンのひこうき雲は最後まで流れ、その間ずっと笑いをこらえながら真面目な顔をどうにか貼り付けていた。どうしても駄目そうなときは後ろを向いて姉や妹と、おかしさと苦痛をアイコンタクトで共有していた。このときほどきょうだい同士で支え合ったことはない。

火葬を終え、収骨の段まできてもまだ笑いそうだった。真面目な場で真面目なギャグをするな。そういうところやぞ、離婚されるのは。当の本人はどこ吹く風。実の父との別れを悲しんでおり、結局僕が東京に帰るというところまで来てもまだ沈痛な面持ちだった。

喪主は、納骨は暖かくなってきたころにやると宣言したものの、コロナの影響で延期。未だに納骨は済んでいない。果たして、そのときにはどんなことが起こるのだろうか。それまでにポーカーフェイスを練習しておこうと思う。

そして僕は、ユーミンのひこうき雲を聴くだけで笑うようになってしまった。名曲なのに。完全に音楽と記憶が結びついてしまったのだった。

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