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「夜逃げ」の達人⑤占有そして競売へ

こんなにも人生において「夜逃げ」に関わるとは思いもよらなかった男の自叙伝的な物語。

今回は実家を捨ててまた占有したマンションでの生活の頃の物語です。

■新たな「我が家」

私はマンションの一室に居た。見たことも無い景色だが、たった今からここが「我が家」になる。

見た目は年数に応じてそれなりの外観だったが、隣もエレベーターホールを挟む為に気にならず、角部屋で造りはしっかりしていて上の階の物音も聞こえない。

何より前回の占有物件と違い違和感もなく、むしろ「おかえり」と部屋に言われた気さえする。

今回は前回と違い、中身はもぬけの殻という状況で何も無い。僅かな荷物をリビングに全て置いて、3DKの新たな「我が家」を電気も点けず探索した。月明かりが差し込んで居て、カーテンの無い部屋では電気もいらなかった。

一通り探索し終えた私は、途中で買ったコンビニ弁当を床に広げて、独り食卓を囲む。置かれた現状にテレビを見る気にもなれず、初めての夜は真っ暗な中で過ごした。

しかし知らない部屋でも特に恐怖は感じず、むしろ安堵さえしていた私は、着替えすら忘れて部屋の片隅で膝を抱えて眠ってしまった。

その日は夢を見た。

父親と母親、そして兄と4人で出かける夢だった。

何をしたのかも忘れてしまったが、とても幸せな気持ちだったのを覚えている。何故なら目が覚めた時にその反動で強い絶望感を感じたからだ。

窓を開けて眠っていたので、横を走るローカルの始発電車の音で目が覚めた。知らない景色に一瞬困惑したが、すぐに理解した。

ライフラインは通してもらっていたので、シャワーを浴びてゴミを片付けて仕事に向かった。

占有物件なのでまたすぐに出なければならないかもしれないが、それまではこの部屋でお世話になろうと改めて気持ちを強く持ち、会社帰りや僅かな休みには買い物や掃除に明け暮れ部屋に生活感を出していった。

そうでもしないと母親の家を手放した罪悪感と、この現実に押しつぶされそうになるからだ。

この部屋はそんな気持ちを察するかのように、風通しも良く陽の光も適度に差し込んできて、いつも私を励まし前向きにしてくれた。

■そして競売への挑戦

話は飛ぶが実家から夜逃げして暫く、後の嫁となる当時の別れた彼女が、実家を放棄し行方知れずの私を心配して友人ツテに「我が家」を訪ねてきた。

夜逃げとはあまり関係無いので割愛してきたが、基本女遊びが原因だったのは言うまでも無い。

そして彼女が監視の意味も含めて「我が家」に同居することになる。そのままデキ婚となるお決まりの流れまでは簡潔にお話するが、私はそれを機にある決断をする。

経歴を汚しまくった我が家はもう数回の競売で入札無しの状況、次にくる最低落札額での入札が無ければ基本的に裁判所の強制執行による処分となる。

そこで新たな家族の為、実家を売って残った最後の財産をこの部屋を買う為に使おうと考えたのである。

競売自体は確かに仕事柄身近なものであったが、邪魔する側であって競り落とす側では無い。当時の社長もこの頃にはアパートの建て売りの方が儲かるので、面倒な競売には消極的だったのもあり自分でやるなら好きにすれば良いとの事。

その日から帰る場所を失った私の人生で、初めて自分の城を手に入れる為の戦いである「裁判所通い」の日々が始まる。

経歴を汚しまくったとはいえ、市場価格より最低落札はかなり安く専門業者の登場も視野に入る。負ければ今度は家族3人で流浪の旅となってしまう。

必ず、必ず、という言葉を繰り返しながら私の人生初の競売挑戦が始まる

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