放課後城探部 二百十四の城
登り石垣から山崎曲輪を通ってそろそろ彦根城を半周も歩いただろうと思っていた頃、私達の視線の奥に小さな建物と櫓門跡と思しき石垣が目に見えてくる。
どうやらあの門の跡が彦根城の裏門に当たる黒門らしかった。
「名残惜しいけどようやくね。」
天護先生が少し名残惜しそうにそう言うとあゆみ先輩は
「玄宮園がまだ残っていますよ。」
そう言って彦根城を離れたくない思いでいっぱいの先生を励ます。
「そうね。玄宮園は素晴らしい庭園だからそれはそれで楽しみだけど、やっぱりね。」
先輩の言葉に答えるように先生はそう言って後ろ髪を引かれる思いをしながら思い切ったかのように黒門を潜った。
私達も先生と似たような思いをしながら三人でエイッと心のなかで勢いをつけて門をくぐる。
門をくぐるとさっきまでの林道と違って急に太陽に照らされて明るくなった気がした。
彦根城の周りが木々に覆われていたので全然気づかなかったけど一歩門の外に出るとそこはアスファルトの道路が舗装された現代の町中にガラリと姿を変えたのだ。
そして玄宮園の広いお堀には鴨たちが心地よさそうに遊んでいた。
訪ちゃんはそれに走り寄ると堀端にしゃがみこんで
「かわええなあ・・・」
とプカプカと水面に浮かぶ鴨の群れを眺める。
私も隣にしゃがみこんで鴨の群れを眺めているとなんだかほっこりと癒やされるような気がした。
「あそこには白鳥もいるわよ。」
先輩が少し離れた場所に悠然と浮かんでいる大きな白鳥を指差す。
小さな鴨の群れの中に白い白鳥、彦根城の内堀はどうやら水鳥の楽園と化しているらしい・・・
意外にも水位が水面に近いし人間の手が届きそうな感じなのに人馴れしているのか私達が集まっても怖がる素振りさえ見せなかった。
左にスィ~右にスィ~と自由気ままに泳ぎ続ける鴨をしばらく眺めていると先生が
「何やってんだか、行くわよ。」
そう言って私達を促した。
鴨たちよ元気で泳ぐんだよ。
私は心の中で鴨に別れを告げると隊列を組む鴨のように先生を先頭に群れをなして歩くのだ・・・
黒門からそう離れていない場所に玄宮園の大きな立て看板が置かれていて、その隣の敷地には立派なお屋敷が立てられていた。
先生はお屋敷の方の敷地に入ると
「ここは無料開放されているけど玄宮園の敷地の一部なのよ。この御殿の方は楽々園と言われていて内堀内部にある表御殿とは別に下屋敷として井伊直興が建立したの。」
そう教えてくれる。
「表御殿があるのに結構近くに下屋敷を作ったんやな。」
「たしかにね。でも表御殿と違ってこっちは松原内湖の先端に当たる場所よ。湖に癒やされるわ。表御殿は政庁のような役割も兼ねていたからどこか緊張感が漂うわ。藩主の休息の場としては下屋敷のような別荘も必要だったのよ。」
大きな唐破風の門を持つ白漆喰の美しい御殿は確かに藩主の癒やしの場としてはもってこいかも知れない。
素晴らしい建物に圧倒されながら私達はのんびりと過ごすお殿様の生活を思い浮かべた。