百七十四の城

今となっては懐かしい安土城を通り過ぎて二十分程度で彦根というアナウンスが聞こえてくる。

アナウンスに合わせて先輩は訪ちゃんの肩をポンポンと叩くと訪ちゃんは「うぁ」と変な声を発しながらヨダレを右手で拭ってゆっくりと起き上がる。

訪ちゃんは例のごとく私の肩を枕にしていたので訪ちゃんの頭の重みで少し肩が凝っていた。

天護先生が最初に立ち上がると私達はそれに従って立ち上がって忘れ物がないかを確認すると車両のドアが開いて私達は彦根の駅に降り立った。

駅の改札を出てすぐに彦根城の看板が私達を歓迎してくれる。

彦根城は日本にある十二の現存天守の中の一つだ。

日本全国にたくさんあるお城の中では日本には十二の天守しか残されていないのだ。

弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、備中松山城、丸亀城、高知城、伊予松山城、宇和島城、松江城の十二の城に残る天守で全国に無数に残るお城で唯一戦国時代から江戸時代にかけて災害や戦争を乗り越えて残った貴重な建物である。

私はその中の1つである彦根城についに辿り着いたのだ。

訪ちゃんはパタパタと駅舎の窓に駆け寄ると彦根城の方向とは逆の方向の山を眺める。

天護先生もその後から窓の外を訪ちゃんの後ろから覗き込んだ。

「そっちお城とは逆の方向ですよ?」

私が後ろから声をかけると訪ちゃんは振り返らずに外を眺めながら

「こっちにも城があるんやで!」

そう言って彦根城とは逆の山の方を眺める。

天護先生も多分その事を知っていて窓の外から眺めているのだ。

私も二人の横に立つと二人が見ている方向を見るがそこには山があるだけだった。

「あれだわ。」

先生の指の先を私も追うと山の麓にひょっこりと大きな屋根が顔を出していた。

「ほんまや!あれや!」

訪ちゃんも嬉しそうに声を出して喜んでいた。

二人の言う佐和山城にも建物が残っているのだろうか?

私が建物を必死に覗き込んでいるのを見ると先生が

「あれは天守よ。」

と言って私を驚かせる。

まさか一つの市のほど近い場所に2つのお城と2つの天守があるなんて思っても見なかったからだ。

「うちも前来た時は気づかんかったけどまさかほんまにあるとは・・・」

訪ちゃんも初めて見た天守のようで驚きを通り越して呆れているようなそんな顔をしていた。

それにしても私の想像していた天守とは程遠いほど低い天守で今まで見たお城と比べると迫力が弱いような・・・

私がそんな事を考えていると訪ちゃんが本当に嬉しそうな声で

「まさかほんまにあると思わんかったわ・・・偽佐和山城!」

と大きな声でケタケタと笑った。

「ニセ!」

私もびっくりして声を上げると先輩はパカンと手帳で訪ちゃんの頭を手帳で叩いた。

「馬鹿ね!声が大きいわよ!」

先輩がちょっときつく怒ると訪ちゃんは後頭部を抑えながら涙目で

「せやけど嬉しかってんもん・・・」

と言い訳をする。

「そうよ、できれば近くで見たいくらいよ。」

「そうやそうや」

先生も叩かれた訪ちゃんに同調してかばってあげたが先輩は

「だめですよ先生!あの佐和山城の天守は個人制作のお城なんですから。たしかに珍しくはありますけど、個人の趣味で作ったものを馬鹿にするような発言は見過ごせません!」

と物凄い勢いで怒りを顕にするとさすがの先生も先輩の迫力に押されて

「す、すみません・・・」

と訪ちゃんと二人で後退りした。

「すみません・・・」

先生が先輩の迫力に押されたことで後ろ盾を失った訪ちゃんも先輩に頭を下げて謝った。

「分かればよろしい・・・あのお城は佐和山遊園と言って個人が三成を顕彰するために個人所有の土地に作られた建物なのよ。天守は彦根城の天守のデザインを模倣しているから、佐和山城平面図や佐和山城搦手図の層塔型の五層天守とは全然違うけどあくまでも個人のもの、個人の努力で制作したことを讃えこそすれ、それを馬鹿にする資格など私達にはないわ。」

先輩が駅の改札でクドクドと怒ると二人はしょぼんと頭を垂れて反省の意を表した。

そんな二人を見て通行人がクスクスと笑って通り過ぎていき、

「うぐぅ~、まさかこんな所で恥かくことになるとは・・・」

と悔しそうに二人を唇を噛み締めた。

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