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【映画】スープとイデオロギー

日本で生まれ育ったヤン ヨンヒ監督が、韓国の済州島にルーツを持ち、北朝鮮を指示する母親を描いたドキュメンタリー映画「スープとイデオロギー」。こちらはパク・チャヌク監督が激推ししていて、それじゃなくても見に行こうと思っていた。6月11日のポレポレ東中野の上映が日本プレミアだったそうで、満員の観客を前に、上映後のトークで監督が思いをつくして語っていた。

1948年に済州島で起きた「四・三(よんさん)事件」は、韓国映画「チスル」で詳しく知った。同じ民族同士で大量虐殺される状況を逃れて、日本に密航してきた人々がたくさんいて、大阪のコリアンタウンに住んだということだった。第二次世界大戦が終わった3年後だから、そんなに昔のことではない気がする。ヨンヒ監督のお母さんは、済州島出身の両親のもと、1930年に日本で生まれた。太平洋戦時中に大阪も危ないということで、きょうだいで済州島に疎開し、終戦後の混乱で「四・三(よんさん)事件」に遭遇した。弟をつれ、3才の妹を背負って、密航船で日本へ逃げた。

事件があまりにも悲惨で、韓国側が、北朝鮮側のアカ狩りとして、ふつうの島民まで、動くものは全員虐殺しろという勢いだったらしい。日本に渡った後も、イデオロギーとは無縁でいられず、北朝鮮を崇拝する活動家として、息子3人を帰国事業で北へ送るなどしてきたらしい。ヨンヒ監督にとっては、なぜそんなことをしたのかと、批判めいた思いを抱いてきたけれど、このドキュメンタリーを撮りながら、カメラの前では建前だけを貫こうとする母親と邂逅しながら、後にいっしょに済州島にも行き、親の来し方に対して新たな思いをいだいたそうである。

ヨンヒ監督も晴れやかな美人で、お母様もきれいな方である。
自分の九州の親戚にも似た感じで、ああ、朝鮮半島と日本はやはり、太古からまざりあってきたんだろうなぁという思いがした。けれど、ちょっとの時代の違い、ちょっとの生まれた場所の違いで、負う苦労が大きく異なる。

ヨンヒ監督は何本もドキュメンタリーや家族をテーマにした映画を撮ってきた方で、本作は、監督自身の内部の醸成もあり、みごたえのあるものであった。パンフレットのパクチャヌクのコメントがとてもよかった。

(左)ヤン ヨンヒ監督

韓国の近代史と、日本とのまじりあいは、とても興味深いテーマだ。ほとんど映画で知ることが多い。さらに深く知りたいテーマは、こうしてパンフレットを読むことで、もっとちゃんと知ることができる。これも映画の楽しみである。