カンヌ男優賞ソン・ガンホ「ベイビー・ブローカー」が赤ちゃんだった頃
2022年5月、カンヌ映画祭で、是枝裕和監督「BROKER(ベイビー・ブローカー)」に主演のソン・ガンホが男優賞をとった。
2016年11月、映画「弁護人」の日本公開時に、ソン・ガンホは舞台挨拶で来日した。10年ぶりだったという。新宿武蔵野館という、小さな映画館。リニューアルしたばかりとはいえ、席はフラット気味で、人の頭ごしにスクリーンを見るようなミニシアターだ。そこへ、あのソン・ガンホが!と驚き、迅速にチケットを確保した。2列目くらいの真ん中という絶好の席が、余裕でとれた。
その頃は、韓国は朴 槿恵(パク・クネ)大統領で、日本でもヘイトクライムが問題になるなど、日韓双方がギスギスしたムードだった。ソン・ガンホ自身も自国政権のブラックリストに載るような、ややこしい時期だった。そんな中でも、ガンホは日本に来てくれた。
ソン・ガンホは、2000年「JSA」、2003年「殺人の追憶」、2006年「グエムル」、2013年「スノーピアサー」など、あげたらキリのない作品たちで知られる名優。韓国の至宝、ではなく、世界の至宝であることは、当時すでに、映画好きにはよく知られていた。しかし、来日し、こんなちっちゃな映画館で、こんな近距離で。ちょっとこれ、目が合ってますよ。
大柄でスーツを着たガンホさんは、スラッとしていて、映画でよく見るだめおやじ感は、なし。小さな映画館だから、タレントさんの出入り口もなく、一般のロビーの隅を、ガンホさんが一人でトボトボ楽屋へ歩いてた!
満席ではあるけれど、第○次韓流ブームの前で、世の中は嫌韓ムードだったので、映画「弁護人」じたいは、あまり話題になっていない。しかも社会派な内容。当時の韓国政権を考えると、この作品に出演することもリスキーだったはず。海外でより多くの人に見られて、韓国の近代史を通して、韓国を知ってもらうのも重要だったのだろう。
そこへ登場したのが、是枝裕和監督。
是枝監督は、めっちゃお忙しい中でも、ソン・ガンホさんの来日に花を添えにやってきた。ガンホさんを好きなこと、釜山映画祭などで意気投合したこと、ぜひいつか出演してほしい、ということを話す。ガンホさんも笑顔でぜひ、と答える。当時は、えっ、そんなことが実現するかな?と思っていた。6年後の2022年「ベイビー・ブローカー」で実現し、カンヌで男優賞をとった。すごいな。映画「ベイビー・ブローカー」が赤ちゃんだった頃のやりとりを、目の前で見たぞ。
是枝監督は、当時は「万引き家族」でパルムドールとる前だったけど、日本ではすでに大きな権威と人気があった。そんな是枝監督がガンホさんの舞台挨拶に登場することで、ひとつでもふたつでもメディアの記事が増え、ガンホさんが主演した映画「弁護人」の日本での集客の後押しになるように、と来てくださったんだろうな、と思っていた。是枝監督って、ほんとにいい人だな、映画において義理堅いなあ、来るとは思ってたけど、やはり、と。
カンヌ男優賞にまつわるエピソードでも、ガンホさんは是枝監督と率直なやりとりをしていたという。ガンホさんは、2016年の舞台挨拶でも、めちゃスマートでジェントルだったが、「ふだんは大きな会場で挨拶をすることが多いが、今日はいつもより小さな会場で、とてもお客様と近くて新鮮」みたいなことをおっしゃってて、正直なお人柄が感じられた。
その後、2019年「パラサイト 半地下の家族」のオスカー凱旋フィーバーで来日したときは、TOHO日比谷のいちばんでかいシアターで下から、おおーと上を見上げていた様子が感慨深い。立ち姿の体で表現されるんですよね。ああ、よかったな、と。大きなホールに来ていただけたな、と。カンヌ男優賞にもなり、もう、ほんのちょっと前に、新宿武蔵野館のロビーを所在なげに、ひとりウロウロしていたソン・ガンホには会えないなと思いながら。
「弁護人」も、とってもいいので見てください。