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ちょうどよく、好ましい感じ。

いま私は自分の職業を「デザイナー」と名乗っている。この1年くらいでようやく、あまり臆せず名乗れるようになってきた。

子どもの頃から絵を描くのが好きだったけれど、その時代の私が生まれ育った田舎ではそんなものは趣味以外の何物でもなく、その特技が仕事につながるなんてことは一握りの天才にしかありえないことだった。中学校で私が尊敬していた先生は、食いっぱぐれない職業は医者か教師か公務員だと冗談めかして笑った。

凡人の自覚があった私は、そんな周りの大人たちの声にそりゃまぁそうだわなと、絵を描くのが好きという自分の強みはないものとして「一人前」を目指す。……のだが、自由になるお金が入ってくるといつの間にか、絵を描くのが好き、の延長上にあるようなことに投資をしている。

イラストレーション・デザインの通信教育を受けてみたり、写真を撮ったり(その頃はフィルムだった)、大してわかりもしないのにBTOパソコンとAdobeソフトに大枚はたいてみたり(これは使いこなせずもったいなかった…!)。

収入を得るための仕事の中でも、あわよくば地図を描き、あわよくば写真撮影、あわよくばチラシ作成、あわよくば商品ラベル作っちゃう、などなど、ちょっとでも「絵面をどうにかする仕事」を見つけては買って出て、嬉々として取り組んでいた。


40代の後半になって、ふと、職場での最終的な自分の立ち位置が見通せた気がした時、そのまま続けられる気がしなくなってしまった。与えられていた業務では飽き足らず、インハウスデザイナーもどきの仕事を勝手に社内受注して勝手に夜中にデザイン仕事をしていたので(こんなこと今では怒られてしまうだろうけれど)当然過労でもあった。

会社が私にしてほしい仕事はデザイン仕事ではないし、会社の業務内容から考えてもインハウスデザイナーを雇う余裕などないことは痛いほどわかっていた。その上そんな無理やりな形で制作していたデザインはやっつけ仕事でしかなく、デザインについて、ソフトの使い方について、もっともっと勉強できれば、せめてもう少し時間をかけることができれば、まだまだ違う表現ができるはずなのに! とフラストレーションがつのっていく。


「死ぬ前に一度、思いっきり、絵面をどうにかする仕事をしてみたい。」

そんな思いがよぎってしまったら、もう止まらなかった。1年、1年、再就職の条件が厳しくなっていく年齢だというのに、公私ともに深くお世話になった会社を退職してしまった。


正直、まだ、先は見えない。当然そう簡単なことではなく、手探りでちびちびちびちびと、いまも在りたい形を目指して進んでいる途上だ。怖くないと言えば、明らかに、嘘だ。

自分が現場の実務にあたっていた時に、これを助けてもらえたらな、こういうことをわかった上で手伝ってもらえたらな、と感じていたこと。そういった、その現場の実務全体にとって大切にしたいことを、その工程や運営方法、予算まで含めた「ちょうどよく、好ましい」形でデザインしたい。

そんな思いで、依頼してくださった方からお話を聞き、ていねいに探りながら形にしていく。ラフ案を提出する時は、毎回心臓がバクバクする。ちゃんと相手の意向を受け取れているだろうか? ちゃんと好ましいと思える形になっているだろうか?

そんなやりとりを何度か繰り返して納品を終え、頼んでよかったです、ありがとうございました! なんて言っていただけると本当に膝から崩れ落ちそうなくらいほっとする。

もちろん失敗したり間違ったりすることもあって、依頼してくださる方のフィードバックに大きく助けられる。ダメ出しフィードバックは心底怖くて、もだえ苦しむのだけれど、その結果とても良くなったりすると、しみじみ「仕事」というのは依頼してくださる方の意向や目的があって初めて形にできるものなのだと痛感する。いくらデザインを勉強したところで、私一人で作り出せるものではないのだ。

見えない形を、依頼してくださる方と一緒にあぶり出していけるような、この仕事はとても幸せだな、と楽しく思う。


私にとっては「好きを仕事に」よりも、家族と自分の生活を守る責務の方がずっと大きく重い。だから、そこを天秤にかけた選択が必要になった時は迷わず後者を取る。実際、一時はひたすら生活するために意を決して画材をほとんど手放したりもした。

ただ「死ぬ前に一度思いっきり」踏み出した事実というのは、好きを諦めていた小さな自分にきちんと寄り添ってあげられたような、自分の中にちょっとほんのりあたたかいものを灯してあげられたような気がしている。

できたら、できることなら。いまの幸せな仕事で家族や自分の生活を守り、好きを諦めていた小さな自分が大きく胸を張れるところまで見てみたい。

「ちょうどよく、好ましい感じ」を、依頼してくださる方にだけでなく、自分の生き方にとっても成り立たせることができたら。そんな希望を胸の奥の奥に小さくぎゅっと握りしめながら、まだまだまだまだ走り続けなきゃ! 考えなきゃ! 勉強しなきゃ! と思っている。

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