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【短編】「吉野くん」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 050

 人よりも早く何かを覚えると褒められることを知ったのは幼稚園の頃だった。

 石油ストーブの匂いのする夕方、ブラウン管のテレビから聞こえて来たレンゾクサツジンジケン、という言葉を耳にした私は母に聞いた。おかあさん、レンゾクってなに?レンゾクっていうのは、いち、に、さん、よん、って、つづいてる、ってことよ、と、リビングから数歩でたどり着く小さな台所で母は根菜を切りながら答えた。それから私は大人たちがレンゾク、という言葉を使うたびに、レンゾクって、つづくっていうイミなんだよね、と言った。大人たちは「祥子ちゃん「連続」って言葉、知っとるとね」と言って感心した。私はそのたびに誇らしい気持ちになった。

 小学校に入るとテストが始まった。一年生のころ私はいつもクラスで一番だった。なぜそう言いきれるかと言うとすべて百点だったからだ。私は教科書を先に読めばこれから教えてもらうことがそこに書いてあることを知っていた。今はどうか知らないが当時の一年生の授業にはゆとりがあったと思う。授業中、みんなが先生に言われた通りの箇所を口を揃えて復唱している時、私はみんなとは違う先のページを読んでいた。復唱は、なんとなく周りに合わせていた。教科書の先を読むのは楽しかった。内容が、というよりは、先生に当てられた時に完璧に答えられることが、だ。この問題が分かる人、と先生が言うと私はいつも手を挙げた。正解すると誇らしい気持ちになった。しだいに私はおべんきょうができる子、という立場を手に入れた。

 四年生になるとその立場はさらに揺るがないものになった。私は塾に通い出した。なにかの折に駅前の塾の夏期講習というものに参加した。二週間ほどのプログラムだったと思う。そこで私は小学校の授業とは毛色の違う受験勉強というものに触れた。そこにはいろいろな学校から子どもたちが集まっていて、カリキュラムでは算数の解き方や、文章中の指示語の指し示す単語の見つけ方、夏と冬の太陽軌道の違いなど、小学校ではまだ習っていないことを学ぶことができた。先生たちは面白かった。私は塾が好きになった。二学期が始まると私は母に塾に行きたい、と言った。意外な顔で、なんで?と聞く母に、面白いから、と答えて私は塾に通うことになった。

 塾には二クラスがあり、私は下のクラスに入った。毎週土曜日に全国テストが行われ、その成績順で席が変わった。最前列の左からそのクラスで一位、二位、三位、と並んでゆくシステムだった。私はいつも最前列の一番左に座った。やがて一ヶ月もすると、私は上のクラスに入ることになった。小学校の授業はほぼ知っていることのオンパレードになった。でも私はそれまでと変わらず手を挙げ、テストでは毎回百点の答案を制限時間の半分の時間でつくりあげた。残った時間はちゃんと見直しをした。

 それからしばらく経って昇級した上のクラスでは、最初の週のテスト結果により私は前から二列目の中程に座った。こんなものかな、と思った。私は一番になりたいわけではなかった。そのころには自分の知らないことを覚えたり問題を解けるようになることが好きになっていた。塾の友だちと休憩時間に遊ぶ時間も好きだった。先生たちはあいかわらず面白かった。

 五年生の冬、私は一度だけクラスで二番になったことがあった。その週、私は最前列の左から二番目に座った。すこしドキドキした。理科の先生が、お、内田、今回はがんばったな、と言ってくれた。久しぶりに座った最前列は、黒板を刻むチョークの音が大きかった。私の左、最前列の一番左に座っていたのは吉野くんだった。ふくよかな体型でいつも頬がピンク色に色づいていた。あまり喋らないけれど、いつもにこにこしていてシルバーフレームの華奢なメガネをかけていた。吉野くんはいつもそこに座っていた。つまり、毎週テストで一番だった。全国の順位でも上位に入るような子だった。

 休憩時間になり夕食の弁当を食べている時、私はあまり喋ったことのない吉野くんに話しかけようと思い、

「吉野くんってどうしていつも一番なの?」

 と聞いて、自分でも馬鹿な質問だなと気づき俯いた。切り目の入った温かいウインナーは母の匂いがした。

「えっとね、テストで一番だからだよ」

 と彼はやさしく微笑んで答えた。彼のお弁当は一段積みのプラスチック製でおかずはミートボールだった。会話が終わってしまいそうな私の質問を彼は自然に掬ってくれた。

「たぶん、人よりも早く覚えて練習しているからだと思う」

 私は、あ、同じだ。と思った。人よりも何かを先に覚えて習得すること。私が周りから勉強ができて一目置かれるために心がけていること。だが、そのことを吉野くんの前で話すのは憚られた。そのとき初めて私は自分が大事にしている考え方の矮小さを感じた。今まで大事にしていた気持ちは、同時に恥ずかしくなる気持ちでもあることを知った。小さな教室の最前列の一番左の席と左から二番目の席の間には大きな距離があるんだと悟った。私はすぐにでもその感情をうやむやにしたくなり、すがる思いで彼に質問をした。

「どうしてそんなことをするの?」

 私たちは私立中学校の志望校を意識する時期に差しかかっていた。偏差値という物差しが身長体重よりも重要な測りになりはじめていた。

「いきたい学校があるの?」

 吉野くんは目を細めて、変わらない穏やかな口調で、

「ないよ」

 と答えた。

 「吉野くんならどこへでも入れそう」

 社交辞令のような言葉を吐いてしまった自分が残念だったが本当にそう思っていた。

 「単純に何かを覚えたり解いたりするのが好きなだけだよ。そうすると親とか大人たちも褒めてくれるし、悪いことは何もない気がする」

 「あ、それは分かる」

 その言葉を吉野くんが私のためにくれたのか、彼がそう思っていたのかは分からないが、私も同感だった。

 「褒められるのって、嬉しいよね」

 弁当を食べ終わった男子たちが机のあいだの通路でふざけ合っていた。鼻血を出して泣いている男子生徒を見つけた女子生徒が先生を呼びにいった。よく効いたエアコンは商業ビルの匂いを教室に充満させていた。小学校の教室にはない匂いだった。吉野くんの頬はおじいちゃんの家で食べた桃みたいだった。よく見ると細かい血管が集まっているんだな、と思った。

 「でも何かを早く知ったり見つけたりするだけだと褒められなくなるよ」

 と、吉野くんは最後のミートボールを丁寧に頬張りながら言った。

 私はその言葉の意味が分からず、箸を止めた。吉野くんは口の中のミートボールを奥歯でゆっくりと噛み、ごま玉ふりかけの湿ったご飯を箸でよそいながら言った。

 「たぶん、大人になると、人よりも早く何かを見つけることも大事なんだけれど、もっと大事なことが出てくると思う」

 「なに?」

 「大きな声で言う、ってこと」

 「大きな声って?」

 「たぶん、大人になって褒められたり認められたりする人は、人よりも早く見つけたものを、できるだけ大きな声で世の中に言う人だと思う」

 私は分かったような、分からないような気がしたが、吉野くんが言うことは正しいのだろうと思った。

 「そうなんだ」

 「まあ、有名になりたかったり、お金が欲しければ、だけどね」

 弁当を片付ける吉野くんはいつもと変わらない柔和な口調で呟いた。

 私はその後、クラスで二番になることはなかったので吉野くんとちゃんと喋ったのはそれが最初で最後になった。私は比較的有名な中高一貫の私立中学校に入学し、吉野くんは県下で一番偏差値の高い進学校に入学した。

 大人になった私は、今、あのとき吉野くんが言っていたことが少しだけ分かる。

 世の中の「大きな声」に疲れたとき、吉野くんは、今、どこで何をやっているのだろう、と思い出す。いちどだけ彼の名前を検索したことがあるが、珍しい名前ではないので見つからなかった。吉野くんはきっと大きな声を出していないんだろうと思う。世の中が騒音だらけに感じた時、私は心の中で苦笑する。ねえ、吉野くん、君の言った通りだね、みんな大きな声で張り合っているよ。きみは、あの時と変わらない穏やかな調子で、まだ人の知らない何かを探しているのかな。

 そう心の中で唱えるたびに、そうだね、と、小学生の吉野くんがこの世界のどこかで微笑む気がするのだ。

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