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【短編】「第六穴結合症」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 077

これから起こる出来事がなんとなく分かるようになってしまった。

 二限目の表象文化論を聞いている時に気づいた。僕は明らかにこの授業をどこかで受けている。この単元はすでに修学しているのになぜ僕は今この講義を聞いているのだろうか。いや、僕は一体なぜこの学問のおおよその体系を理解しているのだろう。

 この授業という小さな事象だけではない。このあと起こるおおきな社会的な事件や僕自身のこの後の人生まで、なぜだか分かっている。僕はこの教養学部で一年留年したのち、小さな出版会社に就職する。そして二年後、退職し地元に帰り、親とともに暮らすことを選択するのだ。来年、年号が変わり、時代は平成から令和へと変わる。なぜだ。どうして知っている?

 僕は気分が悪くなり、席を立ち教室を出た。外は真夏だった。太陽が照りつける。一旦、家に帰ろう。校門を出たところでスーツに身を包んだ数人の男女が僕に話しかけてきた。

 「はやりダメでしたか」

 眼鏡をかけた長身の男は、仕方なさそうに呟いた。

 「あの、なんのことでしょうか」

 僕は、言葉のとおり何のことかわからずに聞いた。

 「やはり穴は我々の手では塞ぎきれませんでした。三度トライしてみて、残念ながら三度目の失敗です。残念です」

 「いや、穴ってなんのことでしょうか?」

 「私たちは「以前のあなた」から依頼された時空専門科の医師です。極めて稀な症状ですが、あなたの梵、いわゆるチャクラなどと呼ばれる六番目の穴がアカシックレコードと直接、繋がってしまう、という症状が起きてしまったのです」

 「なんですか。そのレコードは」

 「この世界で過去から未来まで起こる事象の全てが記録されている膨大な記録媒体です」

 「それと僕がつながる?」

 「はい」

 「と、どうなるんですか?」

 「過去や未来の事象が直接脳内に転写されてしまいます。ダウンロードされる、と、言いますか、これから起こることが分かってしまうのです」

 「それで、授業の内容が」

 「「以前のあなた」はそのストレスに耐えきれず、私たち時空科の外来を受診された、ということです」


 「「以前のあなた」、というか、「以前のわたし」、というのはなんですか?」

 「今のあなたは三度目の人生を経験されている三度目のあなたになります。我々の手で穴を閉じる手術を受けられ、そのまま過去からやり直されているのです。」

 「まさか、そんなことが」

 「申し上げましたとおり、極めて稀な事象です」

 「そうですが、そして、僕はこれからどうすればいいのでしょう」

 「残念ながら、三度手術を行っても症状が回復しない場合は、契約書どおりの事項をお守りいただく契約となっております。」

 「と、いいますと?」

 「これからこの世界で起こることの全てをお知りになっているあなたはこの世界における脅威、とみなされます。契約書、第三項第四条を履行させていただきます。」

 「はい。と、いいますと?」

 僕が聞いた時、僕が最期に見たものは、細身の女性がサイレンサーを付けた銃口を僕に向けている姿だった。

 僕は、なぜだか、この場面だけは見たことがないな、と、思った。


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