【短編】「紺碧」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 088
少年は空を眺めていた。
真っ白な空だった。
朝になると文字通り真っ暗な闇が晴れ、空は白み始め、昼になるともっとも白く輝き、夕になるにつれ白の輝度は落ちはじめ、夜になると空はまた漆黒になる。
それが空だった。
この世界における空だった。
少年がこの大地に生を受けた時から変わらないものだった。
少年は空を眺めていた。砂の大地の上を家畜がゆっくりと移動していた。見渡す限りの地平線の中心で、少年は家畜の世話も忘れ視線を天に向けていた。
あれは夢だったのだろうか。
二百回程の昼夜の逆転を遡る。少年は朝の家畜の世話を終え、地平を見ていた。赤茶けた大地と重い白銀の空が地平線で接していた。風の音だけがゴオウウ、と遠くで静かに唸っていた。少年は目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていた。少年は感じたことのない熱を頬に感じていた。それがなんなのか分からなかった。ただ不快感に包まれ目を覚ました。少年が目を覚ますと感じたことのない光に包まれていた。目が開けられないほどだった。光はひと方向から差していた。天からだった。少年は光の差す方向を見上げた。空が割れていた。まるで家畜の羽毛のようなふわふわとした裂け目が白い空に走り、その間から巨大な球体が強烈な光を発していた。ひりひりと焼けるような高熱もその球体が発しているようだった。少年は見たことのない非現実的な光景に畏怖を感じた。同時に美しいと思った。空の裂け目は青かった。生まれて四千回程の昼夜を繰り返してきたが、その間に一度も見たことのない青だった。尊敬する祖父の大事にしている容器の色に似ていると思ったが、その何倍も美しい青だった。
少年はまだ自分が夢を見ているのかと思ったが、髪は風を感じ、鼻は家畜の匂いを感じた。夢ではないと思った。巨大な柔らかい空の裂け目は時にして五百も数える頃にはゆっくりと閉じていった。同時に少年を刺していた強烈な光と熱も失った。
空はいつもの白に戻った。それからしばらく少年はその場で空を眺め続けたが、空はいつものように灰色に落ち、やがて闇となった。その晩、遅くに帰宅した少年はひどく両親に叱られた。少年はその日に自分が見たものを話したが、両親は信じなかった。
空が裂けて強烈な光と熱が降り注ぐなんてあるわけがない。しかもその裂け目は青いだと?どんな夢を見たんだ。そう言って父は笑った。母は、面白い夢ね、と言ってスープを温めなおしてくれた。祖父は何も言わなかった。
あれから少年は暇さえあれば、空を眺めた。
自分が見たものは何だったのか。いつかもう一度、あの光景を見られるのではないだろうか。
それから何十年と、少年はこの惑星を数百万年覆い続ける、分厚く白い雲を眺めつづけた。
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