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夢幻星#10

店を出たときには外はすっかりと暗くなっていた。ついでに昼間の気温が嘘のように涼しい。半袖だと少し肌寒いくらいだ。

「あ〜涼し〜。それにしても美味しかった〜」

俺の隣で真珠さんはそう言って大きく伸びをしている。お酒で少し火照った体にこの夜風の涼しい感じは抜群に相性がいいのだろう。とても気持ちよさそうだ。

「私こういうお店好き〜」

鉄板焼き屋で似たもの同士だということがわかった俺たちは、いつの間にか敬語ではなくタメ語で話すようになっていた。

「へぇそうなんだ。てっきりお洒落な外観のイタリアンとかが好みかと」

「ん〜、女の子同士でご飯を食べるときはそういったところに行くことが多いけど、本当に好きなのはこういったとこ!とりあえずビールと茶色い食べ物があれば優勝!」

そういって俺の方を向き、顔の前に拳を突き出してきた。酔っているからなのかこれが素なのかわからないが、俺はこういう飾らない女性は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。

「優勝」

俺は、顔の前に向けられた拳に向かって自分の拳をコツンと当てた。

「ハハハ」

真珠さんはケラケラ笑って俺の少し前を歩き始めた。酔っているのだろう、陽気な鼻歌まで歌ってとても上機嫌なご様子だ。

俺はその後ろをポケットに手を入れながら歩く。真珠さんの鼻歌がかすかに聞こえてくる。俺の知っている歌だ。

真珠さんの鼻歌に合わせて歌ってやろうかと思ったが、音痴がバレるのでやめた。

歌う代わりにポケットからスマホを取り出して録画ボタンをした。真珠さんは自分が撮られていることに気が付かず、両手を広げて呑気に鼻歌を歌っている。

若干だが体でリズムもとりながら歩いている真珠さんの長い髪が夜風に吹かれてひらひらと揺れ、半袖のシャツから伸びた白くて細い手が少し寒そうではあるが、酔っ払って体が火照っている彼女にとってはこのくらいが適温なのだろう。

昼間撮影した動画よりもなんだか今の方がいい動画が撮れているような気がする。それはこの夜の風景とシュチュエーションのせいなのか、それとも俺の指示で演じている真珠さんを撮影しているからではなく、素の状態の真珠さんを撮影しているからなのかはわからない。

いや、きっとそのどっちもだな。

#11に続く

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