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【小説】生き方を見つけるために自殺しました(後編)


前編はこちらから。


自分と相手の存在価値

【16】


「そういえば名前を教えてなかったね。
私のことは「サエ」って呼んで。

こっちの子は「ミカ」よ」

サエさんは後ろにいる
女の子を指さした。

小学校3年生ぐらいだろうか。
綺麗な青い目の女の子だった。
ミカちゃんはずっと
サエさんの後ろに隠れて
こっちの様子を
見ているようだった。

「ミカは私の娘。
目の色が違うのは、父親の血。

父親は死んでしまったけどね。
この目の色で色々あって学校へ
行けなくなってしまったから
私と一緒に生物学の研究の
手伝いをしているの」

おれは思わず言った。

「目の色で色々って…
もしかしていじめか何かですか?

…なんで。
こんなに綺麗な色なのに」

おれは別に深く考えずに
「綺麗」と言ったけど…

ミカちゃんはそれを聞いて
サエさんの後ろで
青い目を大きく見開き、
慌てて身体をミカさんの
後ろにひっこめた。

「そう、いじめ。

人間って本当に下らないよね…
自分と違う存在を
認められなくて
排除しようとする…」

サエさんの後ろから
どす黒いオーラのようなものが
見えた気がした。

親子でかなり
嫌な思いをしたんだろう。

おれもいじめられていたから
「排除される側」の
気持ちがよくわかるよ。

「綺麗って言ってくれて
ありがとう。

ね、ミカ、言ったでしょ?
会う人全てが
『あなたが変』って
言ってくるわけじゃない」

ミカちゃんは恐る恐るまた
サエさんの陰から顔を出した。

よく見たら結構可愛い。
おれはちょっと恥ずかしくて
目を逸らしてしまった。

おれが目をそらしたのを見て
ミカちゃんがちょっと
悲しそうにした。

青い目はやっぱり変だ、と
目をそらしたと思われたら
もしかして悲しいかもしれない。

「…おれ、目つき悪いって
いじめられてたんだ。

三白眼って知ってる?
黒目が上に寄ってて、
いつも睨んでるみたいに
見えるんだって。

別に睨んでる訳じゃ
ないんだよ。
でも「お前睨んだだろ」って
みんなが俺を殴る。

…多分、単純にストレス解消
だったと思うけど。

殴らないやつも、結局
遠巻きからそれを見て
『太郎がまたやられてる』
って笑うだけ。

『こんな目じゃなかったら』って
よく思ってたけど…

ミカ…ちゃんの目は
おれと違って、
すっごく綺麗で可愛いから…

自信を持っていいと思う」

…何言ってんだおれ?

ちょっと恥ずかしいぞ。

そんなことを考えていたら
険しい顔をしたサエさんに
またほっぺを捻り上げられた。

「母親の前で娘を口説くのは
やめてもらえる…?」

「ひゃ、ふごいてまへんほ…!
ひたい、ひたい…」
(いや口説いてませんよ、痛い痛い)

それを見て、ミカちゃんは
声を出して笑った。
笑ったミカちゃんをみて
サエさんはおれから手を放し
いっしょに笑った。

「…ありがとう、太郎君」

二人の笑顔を見て
おれも思わず笑った。

人と話して笑うなんて、
本当に、本当に久しぶりだ。

【17】


「じゃあ、私達と一緒に
元住んでいた街に戻るってことで
大丈夫そうね?」

サエさんは言った。
おれは頷いた。

ただ、ちょっと
気になっていたことがあった。

この島は多分、
生き物のバランスを
無理矢理
「ネコウサギ中心」に
仕立て上げている。

天敵がいない、
ネコウサギの楽園。
でも本当にそれって
幸せなんだろうか。

「天敵がいない世界」を
今、自分があえて
出たいと思ったからこそ
これが少し気になった。

「モゲマル…
ネコウサギたちは
この島にいるだけで
本当にいいんですか?

その…もっと、
他の生き物もいるような
世界に住んだ方が…
自然…っていうか…」

恐る恐る、そう尋ねると
サエさんはちょっと苦い顔をした。

「世界っていうのは本来
色んな生態系が絡み合って
バランスを保ってる。

食物連鎖。
中学生ならわかるよね。

虫がいて、虫を食べる鳥がいて
草があって、草食動物がいて…

そして、鳥や草食動物を食べる
肉食動物がいる。

肉食動物は怖いと
思われがちだけど…

肉食動物がいなくなれば
草食動物は増え続けるし

草食動物が増えれば
草が生えなくなる。

草が生えなくなれば
草食動物は
食べ物が無くなって死ぬし
生態系も全て
崩れてしまう。

だから草食動物を食べる
肉食動物は
やっぱり必要なの。

世界は、色んな生き物の生死が
循環する上に成り立ってる。

…だから草食動物しかいない
この島はとても不自然。

私は生物学者だもの、
そんな事よくわかってる」

サエさんは足元にいた
モゲマルを抱き上げた。

「この島と同じように
不自然な存在が
他にもいるんだけど…

太郎君は、それが
何かわかる?」

おれは何となくわかっていた。
自然界で一番不自然な存在。

「人間…ですか」

「…そう。人間。

大久野島っていうのが
日本にあるの。

ウサギが住む島として
『癒しを求めて』
人間が島に訪れる場所。

ウサギが足元にやってきたとき
人間はエサを与えようとする。

都合よくニンジンなんて
持ってない観光客は
カバンに入った丁度よさげな
パンやビスケットを
あげてしまう。

ネコウサギみたいな
ギブアンドテイクの
関係じゃない。

自分で責任を持って飼う
ペットとの関係とも違う。

野生動物に食べ物を
与えるときそこには
ただ無責任な
「施す」意識しかない。

相手が何を望んでるかなんて
考えてやしない。

”何か食べ物を与えて
その姿を見るのが嬉しい”

そんなの
他の生物を下に見た
とても最低な意識だって
私は思ってる。

大久野島のウサギは
人間が適当に与えた餌で
おなかを壊して
死ぬこともある。

与える側の自己満足で
相手を苦しめてることに
気付いてもいない。

人間以外の全ての生き物が
人間の為に生きてる訳じゃない。

私は、自分が出来る事と
相手が出来る事

それをお互いに
価値として認め合う
素晴らしい習性をもつ
ネコウサギを

…ただ、そんな人間に
触れさせたくなかった。

ネコウサギを人間の
ただの「癒し」に
してほしくなかった。

私は人間の事が
嫌いだけど…
…でも…

やっぱり私も
結局、自分の想いしか
考えられていない…

だからこんな小さな島に
この子たちを閉じ込めて
しまってる。

この島も結局…
人間の私のエゴで出来た島。」

サエさんは
とても悲しそうに
モゲマルの頭を撫でた。

おれには、何が正しいか
よくわからなかった。

【18】


「太郎君は…
自分に価値が無いと思って
自殺したって言っていたけど

ネコウサギは
”何もない”相手には
”何もしない”の。

あなたの前に並べられた
リンゴの数だけ…
あなたにくっついて
眠っていた
ネコウサギの数だけ…

彼らからしたらあなたは
『価値がある』存在だった。

…それだけは、覚えておいて」

自分の価値も居場所も無い。
そう思っておれは
あの崖から身を投げたけど

そんなことはなかった。

ネコウサギ…モゲマルは
おれにそれを
教えてくれたんだ。

「人間の価値って…
自分で決めることでは
ないと思ってる。

実は、
あなたの価値を決めるのは
あなたの周りにいる他者。

そして、
あなたが決める価値は
あなたの隣にいる他者。

”あなたが居てくれて嬉しい”

太郎君がそう思える人がいたら
その人にはそれだけで
価値が生まれる。

そして、そう思ってくれる人が
太郎君に一人でもいたら
人間の世界でもあなたの価値は
”なし”じゃない。

太郎君には、向こうに戻ったら
自分の価値を証明できる
存在を見つけてほしいな。

ネコウサギを見ていたら
わかるでしょう?
全ての能力を
持っていなくていい。

相手が足りないものを
たった一つ。

それでいい。

それを持っているだけで
太郎君は誰かにとって
『価値のある存在』に
なれるはずだよ」


自分で自分の価値は
決められない。

勝手に価値が無いと決めつけて
死のうとしたおれだけど

あっちの世界では
本当に自分に価値は
無かったのか。

それを確かめるために
おれは、元の場所に帰る。

さあ、島から帰ろう


【19】


浜の方に行くと
小さな船があった。

あれに乗ったらもう
この島からはお別れ。

何かを察したモゲマルが
たくさんおれの後ろに
付いてきた。

何匹かは足回りに
まとわりついてきて

それは、まるで
帰ることを止めようと
しているかのようで。

おれはそれを見て
ちょっと寂しい気持ちに
なってしまった。

「この島に…
また来ることは
出来ますか…?」

おれはサエさんに
尋ねた。

モゲマルに囲まれた
おれを見て
サエさんは笑った。

「あなたが、私にとって
『価値のある人』に
なれたら…
連れてきてあげてもいいわ」

サエさんにとっての
『価値がある』人。

それがどんな存在か
おれにはまだ
わからないけど

おれは、また
モゲマルに会いたい。


【20】



船に乗り込み、島を見た。
約3か月、モゲマルと過ごした
小さな島。

島の海岸には
たくさんのモゲマルが
集まっていた。

「きっとまた
会いに来るよ」

おれは小さくつぶやいた。

船はゆっくりと進み始める。

小さな島が
さらにもっと小さく
なっていき

あっという間に
見えなくなった。

*

おれが生まれ育った
土地までは
船で10分ぐらいだった。

「案外すぐ近く
だったんだ…」

「そりゃ、海に飛び込んで
偶然流れ着くぐらいの
距離だもの、こんなもんよ」

サエさんは笑った。

「それじゃあ、
ありがとうございました」

おれは二人に
挨拶した。

「…これ」

サエさんは名刺を
おれに差し出した。

「何か自分の価値を
見つけられたらここに
連絡して。

…待ってるから」

おれはその名刺を
大切に握りしめた。

モゲマルにまた会うために
おれはおれがやれることを
やってみよう。

ミカちゃんは
サエさんの後ろから
おれを見ながら

「またね」

とだけ言った。

さよなら、じゃなく
「またね」は
また会うための挨拶。

きっとまた
会える気がして
おれも挨拶を返した。

「…またね」

【21】


その後はどんな顔をして
自分の家に帰ったのか
正直覚えていない。

でも、母さんが
今まで見せたような事も
ないような顔をして
おれを抱きしめた事と

父さんがひたすら
謝ってくれたこと。

そして、
母さんのご飯と
清潔な服と
温かい風呂が

心底嬉しくて、幸せで

今まで当たり前だと
思っていたことが
どれだけ恵まれていたのか

おれはそこで
ようやく気付いて

家族全員で
ご飯を食べながら…
気付いたら
みんなで泣いてたんだ。

命を捨てようとして
本当にごめんなさい。

いつもありがとう。

おれは、生きるよ。








エピローグ


「あの!絵本作家の
佐藤太郎さんですよね!?

わたし、あなたの
絵本が大好きなんです」

「今ちょうど新作を
買ったところで…
これに…サインを
頂けませんか…!?」

本屋で買い物していたら
ひとりの女性が突然
キラキラした目をして
話しかけてきた。

あまりに唐突だったので
ちょっとびっくりしたけれど
その願いをおれは
快く受けた。

「…ありがとうございます。

失礼でなければ…
作品のどこが好きなのか
教えて頂いても
いいですか?」

「最初は子ども向けの
絵本だと思って買ったんです。

でも、シリーズを
読んでいるうちに
私の方がハマってしまって。

何ていうのか…

『生きるって素晴らしい』

読んだ後、
そんな気持ちになるんです」

おれは思わず
女性を見てほほ笑んだ。

「それは…私が一番
伝えたかったことです。

作品を通じて
それを感じてくれる
人がいてくれることが
とても嬉しい。

私の作品を読んで

自分の伝えたかったことが
読み手に伝わって初めて…

私の作品には
価値が生まれるんです。

作品に価値を
与えてくれて
ありがとう」

サインを書いた絵本を
そっと女性に返すと
女性はぽわーっとした顔で
絵本を胸に抱いた。

「この新作を読んだら、
きっとまた素敵な
気持ちになるわ」

そう言って頭を下げ
走っていった。


「…あれは、恋する目ね」

隣で妻が青い目を三角にして
ちょっとむっとしている。

妻が怒った顔を見ると
あの日頬を捻り上げられた日を
思い出して笑ってしまう。

歳を重ねるごとに
母親にそっくりになるな。

「なんで笑ってるのよ?」

このままニヤニヤしていたら
妻からも頬をつねられそうだ。
おれは慌てて答えた。

「いや、あの人が
恋してる相手は
『おれとミカの作品』だよ。

ミカがおれの描く世界に
ぴったりの絵を
描いてくれるから
物語を作れるんだ。

おれの伝えたいことを
君が一番わかって
くれてるからこそ、
あの絵が描けるんだろ。

大丈夫だよ。

僕にとってミカはずっと、
とても大切な人だ」

そう言うと妻は
顔を真っ赤にして
目をそらした。

「…!

…あなたは
なんでそう、
恥ずかしげもなく
そういう言葉を…」

おれはミカの手を
そっと握った。

「怒っていると
おなかの子に悪いよ。

…おばあちゃんに
怒られる」

ミカは照れ臭そうに
笑って言った。

「赤ちゃんが生まれる前に
島に遊びに行きましょう。

太郎と私の新しい絵本…
モゲマルたちにも
読んであげないとね」

そうさ、なんたって
おれとミカで描いてる絵本の
主人公はモゲマルなんだ。

あの島の中にだけいる
モゲマルたちを
おれは物語というかたちで
外の世界に連れ出した。

あっという間にモゲマルの
ファンは増えていった。

君たちはやっぱり
本当に素晴らしい生き物だ。

サエさんはモゲマルを
あの島以外の世界に出すか
ずっと迷い続けている。

その答えは、まだ出ない。

あの島とモゲマルを
どうするのが正しいかなんて
おれにはわからない。

…けど

ただ、ひとつ言える。

「どんな命でも、
誰かにとって大切な
価値を持っている」

おれは、ただ
それを作品で伝え続けよう。

…それが、あの時
君たちがくれたたくさんの
リンゴとぬくもりへの
恩送りだと、
おれは思っている。



おしまい

プチあとがき



最後まで読んで下さった方
ありがとうございます。

最終シーンの
大人になって幸せそうな
二人を描きたい衝動に
駆られましたが
やることいっぱいなので
今回は諦めますーー!

太郎君が最後に
言っていますが…

作品に価値を与えるのは
作者ではなくて
読者なのです。

なので、何か感想など
いただけると
自分の作品の価値を
少しでも認めて頂けた
ことになり、とても
嬉しいです!

また、ページ下部から
出来るサポートは100円から
可能ですので

コンビニでドリンク買う
ぐらいのノリでポチッと
お気軽に応援いただけたら
幸せでございます…!


2022.5.10 16時追記

https://twitter.com/mizutanias/status/1523515908051783682

Twitterの方で漫画につなげて小説をツイートしてみたところ、このお話をかなり多くの方に読んで頂く事が出来ました。
それまでは多分10スキぐらいだったので、まさか600を超えるスキを頂けると思わず、とても嬉しいです。

作品を読んで勇気づけられた事、生きようと思った事…など、リプ欄に沢山の温かいコメントを頂きました。
私としても、自分の拙い作品で人の心を動かすことができたことが嬉しいです。

せめてもの感謝として、エピローグの後に二人がモゲマルに会いに行った1場面の絵を描いてみました。
少しでも二人とモゲマルたちの幸せな雰囲気が伝わると幸いです。

読んで下さった皆様、感想を下さった皆様、応援して下さった皆様…。

本当にありがとうございました。

その後、noteでも気持ちを書いたよ…!
本当に感謝しかないのだよ…


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