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表現物とその影響について科学で語る~青識亜論氏の論考に寄せて~

【更新履歴】
2023年1月28日:Ferguson and Hartley(2022)の解説を4パラグラフ分、追記。「ポルノと性的攻撃行動の関係についての先行研究が抱えていたバイアスの存在を確認し……」から「……モデレータ分析やベストプラクティス分析に関する詳細は、元論文を参照されたい」まで。

ゆっくりしていってね!

青識亜論さんが、先日次のnoteを公開したわ。

趣旨としては、「表現物に悪影響はない」という単純化しすぎた論への批判・注意喚起と、それから「表現物による影響」の基礎に関するおさらいね。一読をお勧めするのだわ。

さて。とはいえ、私としてはもう少し踏み込んでみたいところ。

青識亜論さんは分かりやすい説明のために、非常に簡略化して書いていらっしゃるから、詳細や応用に関して私なりに述べさせて頂きましょう。

エロ漫画をまねて犯行に及んだ?

発端となったのは、こちらの事件ね。

テレビ放送では、容疑者の発言として「エロ漫画をまねて女の子の行動を何日も確認して犯行に及んだ」と紹介されたこともあり、一部のフェミニストの皆さんが「ほら! エロ漫画には悪影響がある!」「因果関係がある。禁止すべきだ!」と騒ぎ始めたわ。

私としては、そんなクソ新聞&クソテレビに基づいたクソ分析なんてどうだっていいから、論文を引いてほしくなるわね。

ポルノと性的攻撃性・性犯罪との関係は長く研究されていて、膨大な論文の蓄積があるわ。特にFerguson and Hartley(2022)は、ポルノと性的攻撃性・性犯罪の関係について、科学的な妥当性を保つように慎重にデザインしたメタアナリシスを用いて明らかにしているわ。(昔のnoteでも紹介したわね)

テーマが共通している論文は他にも数多くあるけれど、特にこの論文が優れているのは、次の2点ね。

1つは、いわゆる「再現性の危機」への対策として始まった事前登録制を活用していることよ。

社会学・心理学系の論文は、まあ捏造とまでは言わないにしても、不正くさい行為が多くてね……。

代表的なのは、「不都合なデータを除外して解析を何度もやり直す(もちろん最後にうまくいったやつしか論文には書かない)」とか、「出したい結論を支持する結果が出るまで、統計解析の手法を変えまくる(これまた変えまくった過程は論文には書かない)」とか。さらにそれでも駄目だったら、「発表せずに机の引き出しにしまい込む」ってのもあるわ。

事前登録制は、最近始まったこうした不正行為への対策のひとつよ!

研究を実施する前に、対象とするデータの範囲とその解析手法を登録させて、「後出しジャンケン」でデータや解析手法を弄くり回したり、隠蔽したりをさせないようにするの。

そして、もう1つは、ポルノと性的攻撃行動の関係についての先行研究が抱えていたバイアスの存在を確認し、それらを避けたこと。代表的なのは引用バイアスと出版バイアスね。

引用バイアスは、論文を執筆するにあたって、何らかの悪影響があると言うにせよ、あるいは逆に無いと言うにせよ、自分たちの仮説を支持する論文を大きく優先して引用する行為よ。これをしている論文は、効果量を過大に出している傾向があることがFergusonとHartleyの今回の検討で確認されたわ。

出版バイアスは、さほど影響がなかったという結論の論文は注目度が低く出版されにくく、大きな影響があるというセンセーショナルな結論が出ている論文ほど出版されるという、一種の商業主義的な傾向ね(学術の世界にもどうしてもある)。出版バイアスが実際に存在し、結果を歪めている可能性があることがFunnel Plot(漏斗図)等によって確かめられているわ。

これらの上にさらに、FergusonとHartleyはベストプラクティス(模範的研究)が重要であるとし、スコア評価による重みづけを行ったメタアナリシスを実施し、次のように結論を導いたわ。(実際にはこの工夫だけではなく、並列に他の検討も行っているが、モデレータ分析やベストプラクティス分析に関する詳細は、元論文を参照されたい)

 我々のメタアナリシスの結果によって、非暴力ポルノへの曝露と性的攻撃性との間に関連性は認められないことが明らかとなった。 集団研究は効果量のカットオフ値に達した唯一の領域であり、この結果は、ポルノ消費の増加が、性的攻撃的行動の低下と関連していることをマクロレベルで実証している。
 暴力的なポルノへの暴露と攻撃的な行動の関係についての分析結果は、実験研究と相関研究に限定された。 相関研究のメタアナリシス結果は平均効果量が小さいことを示唆していおり、実験研究の結果と同様であった。相関研究の信頼区間はゼロに重ならなかったが、実験研究の信頼区間はゼロに重なった。
 これらの結果を総合すると、(性的攻撃性と)関連性があるという証拠を示したのは、暴力的ポルノとの相関研究だけであった。しかしながら、当該相関研究においても、検出された出版バイアスが仮説を支持できる十分な水準を下回るまでに効果量を減少させていた。このように、現在得られている知見の範囲では、非暴力的ポルノの影響について認められるだけの効果はなく、また暴力的なポルノの効果についても、現状、(確かに悪い影響があるという)結論を出せる状態にはない。

Ferguson and Hartley, 2022
強調太字およびカッコ内は引用者による。


ポルノ規制派の方々も、色々と論文を調べるなりして、それなりの論を構築してきてほしいわね。

「原因」の多様さとそれぞれの寄与

ここまで述べると、「あれ? じゃあ、性的攻撃性云々については『表現物(ポルノ)からの悪影響はない』でいいんじゃないの?」と思うかもしれないわね。

それも今の知見だと間違いでもないわ(科学だから更新される可能性は常にあるけど)。

でも、この研究で分かるのは、「ポルノが"単体で"、性的攻撃行動を引き起こすのは難しい(たぶん、ほとんど無い)」ってことまでよ。だって、ポルノと性的攻撃行動しか調べてないもの。

この弱点についても、ここでは科学的かつ誠実に明らかにしておきましょう。

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