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絵画で味わう江戸のさかな 【品川で食べる鯛の紅焼】

新しく連載を始めることにした。テーマは表題のとおり、絵画から江戸の魚を味わおう、というものである。

これまで史料を原典で読みつつ江戸時代の水産物流通について調べ、記事に起こしてきた。これも、もの書きの端くれとして大変勉強になったのだが、文字がずらずら並んでいくだけで味気ないものとなった。

ならば、江戸時代の絵を鑑賞しながら、当時の魚食に想いをはせてみようではないかということで企画したのが今回の連載「絵画で味わう江戸の魚」である。当時の味を想像しながら読んでもらえると嬉しい。

品川で鯛を食べる

今回扱う絵は、三代目歌川豊国(ここでの記名は五渡亭国貞)が描いた品川松弁新広間祝である。

末広恭雄 監修「魚づくし」より

「松弁」とは、当時品川にあった娼家妓楼である。現在、品川といえば有名企業が連なるオフィス街というイメージだが、当時では大人の遊び場という側面があった。落語の「品川心中」などでも取り上げられたとおりである。

絵を見てみよう。遠くには山々が見え、屋形船や荷船を浮かばせた海がある。さらにその手前には忍び返しつきの塀を巡らせた家が並ぶ。

そして5人の女性が描かれており、中央の二人が料理を運んでいる。その中には真鯛一匹が丸ごと横たわっており、食器も含め豪華な内容となっている。

一番右の女性と料理を運ぶ女性の3人は、前掛けをつけて比較的簡素な髪飾りをしていることから中居であると考えられる。残りの二人は前掛けをかけておらず、手の込んだ髪飾りとはだけた胸元から娼女と考えられる。せわしなく準備を進める喧噪が今にも聞こえ出しそうである。

この鯛は店に遊びにきた客に出されるものであり、二人の娼女がそれをもてなす、というものなのであろう。絵の題名にも「新広間祝」とあるように、普段よりも手の込んだ品のはずだ。

実はこの鯛のレシピとされるものがある。千葉大学名誉教授の松下幸子氏は、以下のように書いている。鯛の紅焼という、砂糖をまぜた酒を塗りながら焼いた鯛料理であるという。

料理の中で目立つのは鯛で、生き作りのようにも見えますが、手前に棒状のものがあるので違うようです。『鯛百珍料理秘密箱』(1785)で調べると「鯛の紅焼(べにやき)」が似ています。

 あしらひ物(添え物)として、とう菜の茎か、うどの味噌漬などをあげて、「鯛のかしらより腹の方に置き肴に出し候」とあります。焼き方の概略は「鯛に塩をして塩がしみてから水で洗い、乾かして竹串にさし、火をよくおこした火鉢で焼く。ほぼ焼けた時に新しい荒神箒(こうじんほうき)で、白砂糖を少しまぜた上等の酒を塗り、焼きながら3、4度も塗ると紅色の焦げ色がつく。」とあります。

江戸食文化紀行

ふっくらと焼けた鯛の身をパリッとした皮とともに口の中に含むと、香ばしい香りが鼻に抜けて大変な美味であったろう。紅色に焼けた鯛の肌とともに、目でも口でも味わえる逸品だったはずだ。

ちなみに「魚づくし」では、鯛の置き方に着目している。通常、日本で魚を皿に置くときは頭を左に、腹を下に置くものである。しかしこの絵では、あえて腹が上になるように配置されている

この絵はあくまで廓の場面を描いたものである。それを示すために、日本の食の決まりごとに反し、鯛をあえてこのように置いて描くことにしたのだと考えられる。

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