農業をしたいと思った理由
私が農業をしたいと思った理由は、お腹が空いた子供たちにお腹いっぱい食べさせてやりたいと思ったからです。
日本が他国よりも豊かな国であることは言うまでもないでしょう。
生活保護もあり、餓死する人間が他国より少ないのは間違いありません。
しかし、そんな日本でも貧しい家の子供たちはお腹いっぱいにご飯を食べられないのです。
今日は私が大学生の頃のお話です。
私は大学と大学院の6年間鮮魚店でバイトをしていました。
その鮮魚店というのは、広さが8畳くらいで、昭和の魚屋さんみたいなイメージで(平成生まれなのでイメージですが)、店頭にお魚が袋詰めされずに置いてあり、お客さんが欲しい魚を袋に入れてレジまで持ってくるスタイルです。
ある日、70歳ぐらいのお婆さんと8歳と10歳くらいの姉妹がやってきました。
その姉妹の外見はひどいもので、2人とも白いワンピースを着ていましたが、ボロボロでところどころに黒い汚れがついている始末。
お風呂も入れていないようで、顔が汚れているのがわかりました。
また、体も痩せ細っており、骨が少し浮き出でており、元気がなさそうでした。
店の入り口のすぐそばで、3人で何やら相談していると思うと、姉妹が店内に入ってきました。
その姉妹は店内を少し見渡した後、レジ横の天ぷらの盛り合わせを見て、税込の計算をし始めました。その頃はまだ税抜き価格での表示が可能だった時代でした。
その天ぷらの盛り合わせは規格外品を集めたもので500gで298円(税抜き)。
彼女たちは計算が終わると、外で待っているお婆さんの元に戻り買っていいか聞きに行きました。
私はこの時、300円程度の商品を税込の計算しなくてならないほど、この子供たちが貧しくて、お風呂にも入れず、満足にご飯を食べれていないのだと気付き、悲しい気持ちになりました。
お婆さんから了承を得ると再び店内に戻ってきてレジに並びました。
私はこの子供達のために何か買ってあげようかと少し迷いました。
ちょうどその時、惣菜が半額になっていて150円程だったのでそれを買っってあげたら、少しはお腹が膨れるのではないかと。
しかし、結局、私は赤の他人にそんなことをする義理はないと、その時何もしませんでした。
レジに並んでいる他のお客さんもいるわけではなく、暇な時間帯だったのに。
その時は私は合理的かつ利己的な人間でした。私が今日手を差し伸べたところで、明日のご飯はない。そんなことしても無駄だと思っていました。
そして、そのまま姉妹とお婆さんは帰って行きました。
彼らが帰って行った後、私はふつふつと深い悲しみと自分への怒りを覚え、何もしなかったことを後悔しました。
それと同時に、心どのかでこのことを意外に思っている自分がいました。
私は自分のことを合理的で利己的な人間だと思っていたのです。
そう育てられたし、周囲の人間もそんな感じでしたた。
その時の私の周りの人のうちほとんどは、何か報酬がない限り、他人のために何かする人はいませんでした。
私も同じくです。
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、自分と同じような人間が集まっていたのだと思います。
それが当たり前だと思っていました。
しかし、私は意外にも、何の罪もない子供たちがご飯が満足に食べられないのは、耐えられないようです。
自分にそんな一面があるとは思ってもいませんでしたから、少し嬉しくもありました。
幸運にも、私にとってこの出来事は自分を知るきっかけになりました。
意外にも優しい一面があったようです笑
この経験がきっかけで私は、今までやったことのない寄付をするようになりました。
最初は私もお金がなかったので、月1000円とかですが。
金額は変わりますが寄付は今でも続けています。
この件は私が農業を始める理由にもなりました。
農業で作った作物の一部を寄付しようと考えました。
最近では採れた農作物を子ども食堂に寄付する活動をやっています。
私の力など小人のように非力ですが、少しでもお腹の空いた子供が笑顔になってくれればいいなと思っています。
まだまだ始めたばかりなので、これからですが、最善を尽くして行きたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました♪
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