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33歳、今になり、宇多田ヒカルが好きになったはなし

昨日から宇多田ヒカルが好きになった。彼女の歌が好きになったのではない。宇多田ヒカルに恋をしてしまったようだ。昨日、急に彼女が愛おしくなった。

という、気持ち悪いはなしを書くので、嫌な人はここでやめてもらいたい。それは、あなたと僕、互いのメンタルの健康の為だ。無理して、気持ち悪いはなしを読んでストレスを溜めないで欲しいし、せっかく気持ち良く書いたnoteに文句も言われたくもない。

さて、何から書こうかな、ぐふふ。


宇多田ヒカル、恐らく日本人のほぼ100%が知っている日本の歌姫だ。以前、歌姫ってなんなん というツイートがバズったのが懐かしい。


皆さんご存知の通り、宇多田ヒカルは、1998年12月にAutomaticでセンセーショナルなデビューを飾る。1983年生まれなので、当時15歳。翌1999年2月には、100万枚を突破し、累計で250万枚を超えているらしい。

1998年、ウサイン・ボルトと同級生である、てるい少年は小学6年生の12歳。当時は、歌が上手いとかよりは、「UAかMISIAみたいなだなー」「なんか変な踊りだなー」というのが印象的で、恐らく日本中の小学生が一度は、イスの前で宇多田ヒカルの踊り方を真似したと思う。「なんでそんなに天井低い感じで踊るねん!」と。

実際にタモリさんがテレビで真似していたのは、めちゃくちゃ面白かった。


そして、1999年2月リリースの Movin'on without youで、初めて宇多田ヒカルの顔をしっかりと見た。Automaticでは、画面が暗くて、常に揺れていたので顔が分からなかったのだ。

今であれば、YouTubeで確認出来るが、当時はテレビにもまだ出たことがなく、音楽番組で数秒流れるPVでしか、宇多田ヒカルを確認することが出来なかった。

ちゃんと見た、宇多田ヒカルは、「まゆ毛太いな」

でも「Automaticよりも、分かりやすくて、かっこいいな」というのが当時の感想だ。

この曲は、カラオケで前職の先輩がたまに歌っていた。Nothing’s gonna stop でしっかりと止まるのがミソである。止まってからの me だ。


そして、1999年3月に、スーパーメガヒット1stアルバム First Love を発売するのだ。売上は全世界で約1,000万枚らしい。

てるい家は、小さいころから、車で岩手のばあちゃん家やキャンプに行っていたので、車移動が基本であった。その為、常にカセットで音楽を聴く習慣があった。

確か1994年位からか、母親が友達から最新のJーPOPをカセットでもらっていた記憶がある。いつかのカセットの一曲目は、L⇔R だ。これは鮮明に覚えている。それ以降、L⇔Rは出てこなかったが、、、。

1996年神戸に転校し、その田卓研に通うようになってからは、たまに三田市のレンタルCD屋により、好きなCDをレンタルするようになった。レンタルしたCDを母親が几帳面にカセットテープの台紙に、曲名を書くのだ。「あぁ懐かしい。」

宇多田ヒカルデビューするも、当時12歳の僕には宇多田ヒカルの良さは分からなかった。宇多田ヒカルよりも、FIELD OF VIEW のような分かりやすい曲が好きだった。残念ながら、FIELD OF VIEW は1996年までだったが。

その為、宇多田ヒカルを聞く機会は多くなかったのだが、いつの間にか、車で宇多田ヒカルの曲がかかるようになった。

「あれ、レンタルしてないよな?」「誰かレンタルしたっけ?」

記憶が呼び覚ますと、「ん、なんだこれは?音が良い。」

レンタルCDからダビングしたカセットじゃなく、確実にCDの音だったのだ。

そう、なんと母親が、宇多田ヒカルのFirst Love を買っていたのだ。しかもCD屋さんではなく、生協の通販、通称コープさんでだ。

と思っていたのだが、今、親父と母親に聞いてみた。「宇多田ヒカルのアルバムFirst Loveを買ったのって、おかんが生協の通販で買ったの?」

そしたら、なんと、「多分俺だ。当時すごい女の子が出たと話題になって、多分俺が買った。」と親父のコメント。

これで、当時どれだけ、宇多田ヒカルがすごかったが分かるだろう。音楽に興味のない、CDを買う習慣の無い、39歳の親父が思わず買ってしまう程の、社会現象だったのだ。「そりゃ1,000万枚売れるわ」

毎週土日、親父に、その田卓研へ往復2時間車で送り迎えしたもらっていた。僕は、3列シートの一番後ろで、寝っ転がりながら、ゲームボーイポケットでポケモン赤をしながら、宇多田ヒカルのFirst Loveを聞きながら、練習に向かっていたのだ。当時、

タバコの flavor がした

のflavorの意味も、そもそも発音が良すぎて全く聞き取れなかったのだが。


1999年6月、ミュージックステーションを皮切りに、宇多田ヒカルは、テレビの音楽番組に出演する。ミュージックステーションは見れなかったが、HEY!HEY!HEY! は見た記憶がある。謎に包まれていた宇多田ヒカルは、思っていたより、フランクで普通な感じだった。

1999年11月に4枚目のシングル、Addicted To You をリリース。当時中一となっていた僕はびっくりした。

PVでは、宇多田ヒカルのまゆ毛が細くなっており、髪が茶色くなっていた。ミニスカートと、なによりピンクの手袋が印象的だった。

さっきも書いたが、当時は音楽番組でのPVで数秒しか見られない。この宇多田ヒカルの変化にびっくりした。

「なんか垢ぬけたなー、可愛くなったなー」と、まだチンチンの皮もめくれていない、てるい少年は生意気にも思ったのだった。


そして、2000年4月、Wait & See 〜リスク〜 をリリース。PVで宇多田ヒカルは、ショートカットになり、おへそを出していた。

中2となり、急激に友達との会話がエッチなことばかりになった、てるい少年には、宇多田ヒカルがエロくて仕方なかった。

今思うと彼女は、当時まだ17歳だ。しかし、当時中2の僕は、3歳上(4学年)にはとても見えず、ものすごくお姉さんに見えていた。

そして、2001年2月の Can You Keep A Secret? で、僕の中で、「宇多田ヒカル、実は可愛いかったんだ」という結論が明確となった。

ここまでで約2500文字、調べながら書いたので、少し時間がかかってしまった。まだまだ続きます。


宇多田ヒカルの記憶のピークは、Can You Keep A Secret? で終わる。もちろん、他の曲も知っているが。

次に宇多田ヒカルの記憶があるのは、大学2年位だっただろうか。練習後、「てるい、飯行けるか?」ということで、安藤先生に誘われ、もう一人誰かと、焼き肉に行ってもらった。

焼き肉を食べた帰り、安藤先生の車で家まで送ってもらう。その時、英語の曲が流れていた。少し時間が経ち、ふと安藤先生が、「これ誰の曲やろうか?」と僕に聞いた。

「はい?聞いたことありますね。」全く曲の事を考えていなかった僕は、曲に集中した。集中して2秒、ハッとした。

「これ、宇多田ヒカルですね。完全に洋楽かと思っていました。」

僕の回答に安藤先生も「おぉ俺も洋楽だと思ってた。宇多田ヒカルってすごいな。」

このふとした一件で、「宇多田ヒカルってすごいんだなー」と改めて思ったのだった。


2007年、19枚目のシングル、Beautiful World/Kiss & Cry がリリース。当時、大学3年生。エヴァも、日清カップヌードルも好きでなかったが、この両曲は好きだった。

もうYouTubeを使いこなしていたので、この2曲を聞きまくった。どっちの曲も最高にカッコいい。(すみません、カボスでダウンロードもしました



2009年、僕は社会人となり、2010年宇多田ヒカルは人間活動として、休養に入った。


そろそろ本題に入る。社会人となり、学生時代よりも飲むことが圧倒的に増えた。もちろんカラオケに行く機会もありわあkt、学生とは違い、自分の好きな曲を歌うのではなく、盛り上がる曲。参加者の世代に合わせた曲を歌うことを覚えた。

僕が若者に教えられるのは、BOØWYとサザンは絶対に覚えておけ!以上である。


たまに、年の近い先輩後輩たちと、自由にカラオケが歌える時があった。僕はその時、なぜか宇多田ヒカルの traveling を入れた。

今までの宇多田ヒカルエピソードから、宇多田ヒカルをカラオケで歌う対象と思っていないし、traveling すら出てきていない。traveling といえば、リリース時に、ABCラジオ、ミュージックパラダイスにて、「トラベリングって言っても、バスケじゃなくて、旅行っていう意味があるんですよー」と言って曲、紹介したのは鮮明に覚えている。

そして、カラオケで歌う、traveling は、めちゃくちゃ気持ち良かった。

「タタウ、タタウ、タタウ、タタウ、タタタ、タタウ、タタウ、ウォオォ」

そして、サビで、顔の周りで手をクネクネさせる変な踊りをして、サザエさんのエンディングみたいに、皆を整列させれば、こんなに楽しいカラオケは無い。


それから、宇多田ヒカルで好きな曲は、Beautiful World と traveling となった。

そして、今一番好きなのは、traveling である。


traveling 結構在宅勤務中も聞くのだが、昨日ふとPV、今だとMVか。を見た。そして僕は宇多田ヒカルに恋をしたのだった。


最初から、元旦那の紀里谷和明の世界観が溢れる。2001年のシングルなのだが、19年前とは思えない。歌いだしで、赤髪ショートカットの宇多田ヒカル現れる。

これは、PVでよく見る宇多田ヒカルだ。この格好で、変な踊りをして、サザエさんのエンディングを披露するのだ。

それにしてもカラフルで目がチカチカする。画質が良かったら、完全に蜷川実花だ。

そして、サビ前の 風にまたぎ月へ登り、、、春の夜の夢のごとし

昨日、たまたまここの宇多田ヒカルを見てしまった。

瞬間に「これは木村カエラだ!可愛い!」と直感した。ちなみに、木村カエラは高校生の時から好きだ。


この木村カエラみたいな、宇多田ヒカルを見たことによって 

「travelingのPVは、紀里谷和明の独特な世界観で、赤髪の宇多田ヒカルが、ピエロになり、奇妙な踊りと、サザエさんになるPVでは、無かったんだ!」と、リリース19年後にして気付き、「俺は、traveling が好きとか書いていながら、何もわかっていなかったのか、、、」とショックを受けた。

そして、改めてPVを見直すと、目指すは君 で指を指す、宇多田ヒカルが超絶にキュートなのだ。

ちなみに、02:43からは卓球のシーンがある。これも昨日初めて知った。「人生自分から見る、探さないと分からないことばかりだなー」と改めて思った瞬間だ。


宇多田ヒカルに恋してから、YouTubeで、宇多田ヒカルばかり見ている。いや、聞いている。

traveling で検索すると、この動画が出てくる。公式でないので、紹介するのは嫌なのだが、2018年の幕張メッセで行われた、全国12公演「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」のファイナルの映像らしい。まず、これを見て欲しい。


歌は抜群に上手い。派手な演出なんて必要ない。目指すは君 は相変わらず良い。なにより痩せすぎていないのが良い。

昔から痩せている僕は、基本痩せている女性の方がを魅力的に感じていた。(魅力的なので、好きとはまた違うのだが)

この宇多田ヒカルは、しっかりとした腕を感じる。右と左のバランスもパッと見、悪くない。正直、こんな感覚は初めてだ。

そう考えると、最近、小池栄子がとても好きになってきた。小池栄子はデビュー当時から知っているが、僕はおっぱい星人ではないので、おっぱいには興味がなかった。小池栄子の顔も特に好きではなかった。(勝手に言ってすみません。)

グラビアを卒業し10年以上。今の小池栄子はとても綺麗だ。これは、僕が、25歳までは感じなかった感情である。


今回、何を書きたかったのか?

年齢と共に好みは変わる

そんなことではない、ただ単純に、宇多田ヒカルを好きになって、愛おしく思ったから書いただけだ。

僕の好きな有名人トップ3は高校時代から変わっていない。僕の知り合いは知っていると思うが、改めて、

3位:本仮屋ユイカ

2位:夏帆

1位:眞鍋かをり

以上、気持ち悪いはなしでした。



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