見出し画像

デフレの時代からインフレの時代へ

世界的にデフレの時代からインフレの時代に移行しつつある。その影響は日本にも及んできている。1990年代半ば以降、四半世紀近くデフレの時代が続いた日本では、インフレを肌で感じたことがない層が働いている人の大半を占める。本格的なインフレ時代の到来を前に、金融資産投資などを含めた経済行動の基本を再点検することが望ましい。

デフレの時代からインフレの時代へ


ロシアのウクライナ侵攻に触発された側面もあるが、世界的にデフレの時代からインフレの時代に移行しつつある。その影響は急速に日本にも及んできている。
大雑把に表すと、

 供給能力 < 潜在需要 → インフレ = 物価 ↑ 現金価値 ↓
 供給能力 > 潜在需要 → デフレ     = 物価 ↓ 現金価値 ↑

である。産業革命以前は供給能力よりも潜在需要が大きいことが通常であったため、「希少性」の緩和が経済における大きな課題であった。しかし、産業革命以降、供給能力が向上するに従って「希少性」よりも「過剰性」が経済の重要な課題になってきた。しかし、引き続き「希少性」に着目している議論が日本の政策決定関係者(決定に影響を与える学者も含む)では多かったように思われる。そのことが、バブル崩壊以降の日本の長期停滞、デフレ傾向の継続を招いた側面があるのではないか。
2010年代半ば頃から世界は再び乱世に突入し(※1)、日本の政策の良し悪しとは無関係にデフレの時代からインフレの時代に入りつつあると考えられる。

※1:拙稿「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)参照。

「希少性」よりも「過剰性」、需要不足が課題


第二次世界大戦前に、経済学の分野で「ケインズ革命」と呼ばれる需要側を重視した経済学が登場し、明示的ではないものの「過剰性」に着目し、需要を喚起する経済政策が採られた。アウトバーン建設など大々的な公共投資をしたドイツは第二次世界大戦が本格化するまでは好況に沸いていた。アメリカのニューディール政策も「過剰性」の解消のために需要喚起を目指したものであったが、今一つ中途半端であった。アメリカ経済が本格的に回復したのは、第二次世界大戦が勃発し、連合国に供給する兵器生産等により需要が顕在化してからである。
第二次世界大戦直後は、生産設備や物流網などの多くが戦争で破壊されたため、暫くは供給能力不足の状態、つまりはインフレ傾向の時代が続いた。しかし、復興が進み供給能力が回復してくると、先進諸国では国内的には需要不足の状態、デフレ傾向へと移りつつあった。しかしながら、第四次中東戦争に伴う第一次石油危機に代表されるような様々な国際情勢の変動により、重要物資の供給不足などが度々生じたため、一国の供給能力と潜在需要のギャップによるデフレが顕在化しにくい状況が続いていたと考えられる。

図1:長期物価変動の推移(%)-1932年以降(左)、1950年以降(右)-

注1:国内企業物価指数は月別指数を年次別に算術平均したもの。1951年以前と1952年以降とでは概念がかなり異なるため、接続調整はしていない。
注2:消費者物価指数は「持ち家の帰属家賃を除く総合指数」(2020年基準)。
注3:戦争等の影響と経済指標にはタイムラグが生じるものもあることに留意。図表内に記載した出来事は象徴的事件であり、物価変動は様々な要因が影響している。
出所:総務省「日本の長期統計系列」掲載の「日本銀行『統計 物価関連統計 企業物価指数(時系列データ)』」、総務省「消費者物価指数」より筆者作成。

1989年の米ソ冷戦の終結後は、局地的な紛争やテロは絶えなかったものの、総体的かつ相対的に世界は平和な時代を享受したと言える。旧東側諸国が国際市場に組み入れられ、冷戦終結前から経済的に台頭していた中進諸国なども加えて、世界全体での供給能力の飛躍的な向上が起こった。先進諸国では国内の元々からの供給能力に海外からの安い価格での供給能力が加わる形となり、需要が不足する形での需給ギャップが大幅に拡大した。その結果が、デフレ傾向であり低金利である。

図2:1980年以降の世界全体と主要先進国の物価変動の推移(%)

注:2022年はIMFによる推計値。
出所:IMF「世界経済見通しデータベース」(2022年10月)より筆者作成。

戦後の国際紛争には戦闘面では一切関わらなかった日本では、顕著にデフレ傾向が表れた。さらに、財政均衡論に基づく、1990年代半ば頃からの財政支出削減や度重なる消費税増税による需要減退効果により、デフレ・低金利(さらにマイナス金利)に拍車がかかった。そもそもバブル崩壊の原因の一つは消費税導入とも考えられる。なお、消費税導入や消費税増税に伴い進められた所得税の累進課税の平準化は、税の経済に対するスタビライザー機能(景気変動を自動的に安定化する機能)を弱めた。

図3:1990年以降の物価変動の推移(%)

注1:消費者物価指数は「持ち家の帰属家賃を除く総合指数」(2020年基準)。
注2:増税等の影響と経済指標にはタイムラグが生じるものもあることに留意。また、物価変動は様々な要因が影響している。点線で囲んだ部分は凡その範囲であり厳密なものではない。
出所:総務省「消費者物価指数」より筆者作成。

戦争はインフレ、平和はデフレ


戦争は、戦闘により生産設備等が破壊されて供給能力の減少を招く可能性があると同時に、兵器や弾薬などの需要、生産設備等の拡大、破壊された生産設備等の再建などの需要拡大をもたらす。したがって、インフレを生じさせる要素である。ただし、激しい戦闘が行われている前線地域は除く。
平和は、老朽化や技術の陳腐化などによる供給能力の減少はあるものの、急激な供給能力減少は考えにくい。現代の先進諸国では人口増加が緩慢あるいは人口減少しているため(※2)、経済全体での需要が急拡大することは考えにくい。したがって、デフレを生じさせる要素と言える。

※2:拙稿「『公的お見合い制度』と『学費無料』が少子化対策の第一歩」(2023年1月31日)参照。

つまり、戦争はインフレ、平和はデフレをもたらす。ただし、他にも様々な要因が重なるため、単純にインフレ、デフレが生じるわけではない。しかし、基調としてはそう考えられる。

インフレ時代への備え


これからは世界的に乱世であると考えるのであれば、我が国もインフレ基調の時代が今後暫く続くであろう。1990年代半ば以降、四半世紀近くデフレの時代が続いた日本では、働いている人の大半はインフレを肌で感じたことがないと思われる。50代半ばになる筆者は、第一次石油ショックによるいわゆる「狂乱物価」の頃は幼稚園生か小学校低学年であったが、まるで記憶にはない。バブル景気華やかし頃は大学生で、世情の雰囲気としては肌に感じていたが、自由になるおカネが手元にあったわけではない。社会人になった1991年はバブル崩壊後である。2010年代半ば以降に社会人になった若手層は、生まれた時から世の中はデフレで、デフレが通常状態であったと言えよう。
本格的なインフレ時代の到来に備え、金融資産投資などを含めた経済行動の基本を再点検するなら今であろう。消費においては、モノやサービスの価格は下がるのではなく上がっていくもの、と発想を転換する必要があるかもしれない。インフレの時代は現金のまま持ち続けることは、資産価値目減りと同義である。土地や家屋などの実物資産の他、株式等の有価証券への投資がインフレの時代に資産価値目減りを防止する手段となる。ただし、中長期で株式投資をするのであれば、堅実に生き抜く企業を見極めることが重要である。


20230203 執筆 主席アナリスト 中里幸聖


前回レポート:
『公的お見合い制度』と『学費無料』が少子化対策の第一歩」(2023年1月31日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?