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『公的お見合い制度』と『学費無料』が少子化対策の第一歩

岸田内閣は「異次元の少子化対策」というキャッチフレーズを使いだしているが、今回の政策では従来政策の拡張版といった体である。“異次元”と銘打つからには、『公的お見合い制度』の整備、『学費無料(全額国家持ち)』、などの反対論も多い対策まで踏み込むべきだ。実際に結婚・育児をする人達が行動を起こすような施策が求められる。

心意気や良し、その中身は…


今年(2023年)の年頭記者会見で岸田文雄首相が「異次元の少子化対策に挑戦する」「異次元の少子化対策に挑戦し、若い世代からようやく政府が本気になったと思っていただける構造を実現するべく、大胆に検討を進めてもらいます」と述べたこともあり、少子化対策がにわかに脚光を浴びている。なお、「異次元」という表現に異論が多かったのか、1月23日の施政方針演説では、「従来とは次元の異なる少子化対策」と表現が修正されているが、これまで以上に少子化対策に力を入れるという方針そのものは変わってないであろう。なお、便宜上、本稿では「異次元の少子化対策」という表現で統一する。
1月19日には「異次元の少子化対策」実現に向けた関係府省会議が開かれた。小倉将信こども政策担当相が座長を務め、内閣官房、内閣府、総務、財務、文部科学、厚生労働、国土交通各省の局長級らで構成されている。各種報道によると、①児童手当を中心とした経済的支援強化、②幼児教育・保育(学童含む)、産後ケアなどの子育て家庭向けサービスなどの支援充実、③育児休業制度の強化など育児と仕事の両立のための働き方改革の推進、が論点となるとのことである。
これらの論点は今までも政策として実施されてきたものであるが、さらなる充実が求められていることに異論はないであろう。しかしながら、「異次元」「次元の異なる」という程の画期的なものとはとても思えない。出産・育児に関係する人々を支えていくためにさらなる充実が求められる論点が並んではいるが、これらの政策充実だけで新たに子供を産もうと考える人が増えるだろうか。

少子化対策は国の死活問題


少子化の進行は、大々的に移民歓迎という政策に転換しない限り、日本国内の人口減少に直結する。移民導入の積極化には様々な問題があり、それだけで論ずることは多岐にわたるので、移民政策は現状から大きく変更しないことを前提として本稿では話を進める。
人口減少は、食料や交通量をはじめとして様々な需要の絶対量にマイナスに作用する。付加価値を高めて単価を上げて対応するにしても、総体としての需要が減少する蓋然性が高い国での積極的な事業展開には障害が多いと言えよう。また、人口構成の高齢化が進展すれば、年金や医療などの各種の社会保障負担が重くなる蓋然性が高くなる。つまり、内外の企業が日本国内で積極的に中長期的な実物投資(工場建設や販売店整備など)をしようというインセンティブにマイナスに作用する。そうなると、日本の経済成長は鈍化あるいはマイナスとなり、住民の所得も相対的に低下し、ますます出産・育児がしにくい状況が生じることにもなろう。
さらに、前回のレポート(「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」2023年1月23日)ではあまり触れなかったが、人口減少は自衛隊員や防衛事業従事者などの人材確保にも支障が生じかねず、不安定な国際情勢下での国家存亡の危機にもつながる死活問題である。

国民共通認識の醸成は待てない


2021年の合計特殊出生率は1.30、出生数は81.1万人である。2022年の出生数は80万人を割り込んだと見込まれる(2月下旬には速報値が出る見込み)。合計特殊出生率は2000年代前半よりは高いが、計算の分母である15~49歳の女性の数が減っているからだ。人口が長期的に増えも減りもせず一定となる(いわゆる静止人口)「人口置換水準」は現在の我が国は2.07程度と考えられている。我が国の合計特殊出生率は1970年代半ばには人口置換水準を下回り、その後もはるか下方を推移している。

図1:合計特殊出生率と出生数の推移

注:合計特殊出生率の人口置換水準は死亡率等によって変動する。図中の数値は直近時点での概算値。
出所:厚生労働省「人口動態統計」より筆者作成

子供が社会人になるまでは20年前後かかるので、出生数減少の影響が一国の経済活動に大きな影響を及ぼすにはタイムラグがある。別の言い方をすれば、出生数回復に成功したとしても、その効果が実感できるのはかなり先となる。またデフレスパイラルにも似て、出生数減少は将来のさらなる出生数減少を招きやすい。将来の出産を担う人口が減ることになるので、1人当たりの出産数が2人以上にならなければ、縮小再生産とでもいったような状況となる。
既に第二次ベビーブーマーとされる1971~74年生まれはアラフィフとなっており、平均的には出産期を終えつつある。「異次元の少子化対策」というからには反対論が大きくなるような施策も実施することとなろうが(そうでなければ、子供を産もうと考える人が増える誘因は生じないであろう)、子供を産み育てる当事者ではない外野の人達の能書を聞いている時間はもうない。国民共通認識の醸成を待てないところまで来ている。
なお、以下の施策提案等に関する記述は、筆者の個人的な見解や構想であり、筆者が現在所属する組織の見解を代表するものでは一切ないことを留意いただきたい。

レッセフェール(自由放任)では婚姻増加は望み薄


我が国では非嫡出子(婚外子)は出生数の2.3%(2021年。厚生労働省「人口動態統計」より)と少ない。1960~90年代頃の1%前後に比べれば2000年代に入って2%前後に比率は上がっているが、嫡出子がほとんどであるという状況に変わりはないと言えよう。つまり、子供は結婚して生むものというのが日本人の大多数の感覚であると考えられる。こうした生活の基本にかかわるような感覚はそう簡単には変化しないのではないだろうか。なお、非嫡出子の割合は、フランス61.0%、スウェーデン54.5%などと過半を占める国もあり、米国40.0%、ドイツ33.3%なども日本に比べるとかなり高い(いずれも2019年の数値。厚生労働省「令和3年度『出生に関する統計』の概況 人口動態統計特殊報告」より)。
上記を踏まえると、我が国で子供を増やすには婚姻数を増やすことが重要となる。しかしながら、日本人は相対的に異性へのアプローチが実は得意ではないとの話もある。
蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』シリーズ(メディアファクトリー)は、日本語を学ぶ外国人向けの日本語学校の日本人女性教師の体験談をエッセイ風にマンガ化したものである。いかにも真面目なイタリア人男性生徒、ノリの良い中国人男性生徒が登場し、女性に声をかけるシチュエーションがあるのだが、まじめなイタリア人は難なくこなしたが、ノリの良い中国人は恥ずかしがってなかなか踏み出せないという描写があった。日本人教師がイタリア人生徒に尋ねてみると、イタリアの男の子は幼いころから家庭で女性を積極的に褒めるように躾けられるので、女性に声をかけるのは息を吸うようなものという答えだった。翻って我が国は、平安時代までは男性が女性に積極的に声をかける文化が存在したが、武士政権の成立以降は軟弱者とみなされる風潮が支配的となったように思われる。欧米文化の影響が日常生活にまで浸透した戦後になっても、初対面の男女間でのコミュニケーションを恥ずかしがる傾向に大きな変化は見られないように思う。
2021年時点において、20~40代未婚男女のうち、恋人がいない人の割合は66.6%、うち交際経験のない人が28.6%だそうである(「恋愛・結婚調査2021(リクルートブライダル総研調べ)」より)。過去にさかのぼってみても1982年以降、18~34歳の未婚者で恋人・婚約者がいる割合は、女性は4割近くになったこともあるが、男性は3割に届いたことがない(国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」より)。また、20~39歳の独身者のうち「これまでの恋人の人数」が0人と回答した人が女性は24.1%、男性は実に37.6%という調査結果もある(内閣府「令和4年版 男女共同参画白書」より)。
このような状況を考えると、レッセフェール(自由放任)とばかりに何も手を打たなければ婚姻数は増えず、ひいては出生数も増えないのではないだろうか。

図2:恋人または婚約者がいる未婚者の割合(18~34歳)

出所:国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」より筆者作成

『公的お見合い制度』の推進


一方、「家」の意識が大きく変化した戦後、恋愛ドラマやマンガが隆盛となる中、恋愛結婚至上主義とでもいうような風潮が醸成されてきたように見える。また、地域社会の希薄化、職場でのプライバシー意識の浸透、等々によりいわゆる世話焼きおばさん・おじさん的な人々による結婚相手候補紹介、お見合いセッティング的な場はほとんどなくなってしまったように思われる。
それに代わるものとして結婚紹介産業、マッチングアプリなどが隆盛となっている。しかしながら、価格の問題は置いておいても、利用に後ろ向きな人は縁がないまま、ただ時が過ぎていくこととなろう。世話焼きおばさん・おじさん的な人々の場合は、結婚適齢期とみれば本人の意思とは関係なく縁談を進めてくるので、本人はハタ迷惑と思っているかもしれないが、社会的には婚姻数を増やすことに貢献している存在と考えられる。

図3:婚姻件数、見合い結婚・恋愛結婚の割合

注1:割合の対象は初婚どうしの夫婦。
注2:夫婦が知り合ったきっかけについて「見合いで」および「結婚相談所で」と回答したものを見合い結婚とし、 それ以外の「学校で」、「職場や仕事の関係で」、「幼なじみ・隣人関係」、「学校以外のサークル活動やクラブ活動・習いごとで」、 「友人や兄弟姉妹を通じて」、「街なかや旅行先で」、「アルバイトで」を恋愛結婚と分類して集計。
注3: 「メディアを通じて」は「その他」の自由記述のうち、(ウェブ)サイト、インターネットといった内容を抽出したもの。 「ネットで」は新規の選択肢(「(上記以外で)ネット(インターネット)で」)。回答欄の注に「SNS、ウェブサイト、アプリ等によるやりとりがきっかけで知り合った場合をさします。」と記載されている。
注4:上記以外の回答(その他・不詳)は、図への掲載は省略。
出所:厚生労働省「人口動態統計」、国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」より筆者作成

現状、世話焼きおばさん・おじさん的な人々の再活躍は想像できない。とするならば、「異次元の少子化対策」として、『公的お見合い制度』の導入まで踏み込む時に来ているのではないだろうか。
その際、地方公共団体やその他の公的機関を窓口的に位置づけるにしても、新たに公的な機関を作るのは無駄であるし、効果的とも思われない。既存の結婚紹介産業にノウハウが蓄積されているはずだから、積極的に活用すべきである。そうした事業者に補助金を付与する、あるいは利用者側の費用負担を公的資金で面倒を見るなどして、資金的な障壁を低くすることが重要だ。具体的な手法は実施することが決まってから検討すれば良い。
さらに、日本国籍を持つ全ての未婚者に『公的お見合い制度』を利用するようアプローチすることが肝となる。結婚したいという思いはぼんやりとあるが、具体的な行動に起こさない人は多い。アプローチの具体的な手法は色々あるが、既存の結婚紹介産業のノウハウを活用し、そこに公的な保証を付けるような形が良いであろう。この制度を実施するにあたって絶対に制度設計上欠かしてはいけないのは、強制になってはいけないということである。しかし、押しつけがましくなくては効果がない。例えば、利用者候補に3回アプローチしても断固拒否されたら、その後はアプローチ禁止などが考えられよう。

『学費無料(全額国家持ち)』。ただし、教育制度改革を併用。


『公的お見合い制度』等により婚姻数増加に成功したとしても、結婚した夫婦が子供を産み育ててくれなければ少子化の解消にはならない。体質的に子供ができにくい夫婦に対する不妊治療費助成等の支援を拡充していくことは引き続き必要であろう。一方、そうではない夫婦に対する支援は全くもって手薄であると感じる。
国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、理想の子供数より予定子供数が下回る理由は、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が常にトップである。ここ数回は調査のたびに減少傾向にあるものの直近の2021年の調査でも52.6%と過半数の夫婦が理由に挙げている。

図4:理想の数の子どもを持たない理由(予定子ども数が理想子ども数を下回る夫婦)

注:対象は予定子ども数が理想子ども数を下回る、妻の調査時年齢50歳未満の初婚どうしの夫婦。複数回答のため合計値は100%を超える。
出所:国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」より筆者作成

保育園の待機児童解消は大変重要ではあるが、育児の入口部分だけの負担を解消しても、より子供を産もうとは思わないであろう。親となったからには、子供が社会人になるまで責任を持つというのが自然な感覚である。
義務教育は別にして、高校ほぼ全入、大学も過半が進学(文部科学省「学校基本調査」によると2022年は56.6%)するといった状況で学費負担はバカにならない。昨今の私立高校、国立大学、私立大学の学費の高騰、塾や習い事などの費用は目が回りそうである。いや義務教育も給食費、諸雑費、修学旅行費等々、結構かかる。低所得世帯や多子世帯には重い負担である。
さらにPTAや部活などで親が関わらねばならない場面も多い。近年では部活動の練習試合の送り迎えに親の同行を求める学校もある。共働き世帯だとそうした行事等に参加するのも一苦労である。政府が「女性の活躍推進」「仕事と家庭の両立」を掲げている一方、教育現場はいまだに専業主婦を前提に運営されていることが少なくないのではないか。
話を「お金」の問題に戻すと、教育費は親が負担するもの、本人が希望すれば進学させる、等の戦後に一般化した幻想を無視するのは、よほど変わり者でない限り難しい。「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」といった現状を解決せずに従来の施策を拡張するだけでは、変わり者でない多数派の認識の夫婦の行動を変えるには至らないであろう。
一方、少子化の解消は喫緊の課題である。既に有識者や政党で同様のことを唱えているところもあるが、学費は全額国家持ちで本人やその家族の負担は無料とする思い切った施策が必要である。ただし、勉強が好きではない子供を国費で進学させるのは、本人にとっても国家にとっても無駄であるどころか有害である。
並行して、根本的な教育改革を実施し、高校全入状況を解消する。勉学を志す以外の子供達には、義務教育終了後は各種の職業訓練校に通うか、社会に出て働くような教育制度に転換するべきであろう。ただ、こうした教育の複線化も以前から議論されているものの、一向に実現しそうになく、本気で取り組んでも実現には時間がかかるであろう。
方向性としてはこうした教育改革に取り組みつつ、当面は少子化を解消することを最優先課題として国費全額持ちとし、日本国がサバイバルするための日本国の自己投資・将来への布石と割り切る度量が求められる。

明るい未来に向けて


本稿では極論的な施策を二つ提案したが、実はまだまだアイデアはある。あまり長くなっても読者が疲れるであろうから本稿はこの辺で終わりとするが、ニーズがあるようなら、あるいは政府の施策があまりにも的外れだった場合は続きの話をしようかと考えている。
これらの施策が取り上げられるなら、あるいは取り上げられなかったとしても少子化対策を一層推進すべしと考えるなら、結婚紹介業、教育関連産業などは投資対象として考慮に値する。
近い将来に少なくとも静止人口を実現できれば、先行きの計算も立つ。日本の消費者は世界一目が肥えているので、日本市場で評価されることは世界で戦えることを意味する。世界を視野に入れている内外の企業が日本国内で積極的に事業展開するようになれば、日本経済は明るい方向に向かうであろう。
経済が成長すれば、税収も増える。財政均衡論一辺倒では縮小スパイラルに陥るだけである。現に1990年代半ば以降、主要国の中で停滞しているのは日本だけだ。バブル崩壊以降、日本国債は暴落し紙屑化すると言われ続けてきたが、30年以上も紙屑化する気配はない。100年言い続ければ、いつかそうなるかもしれないが、それは理屈が正しかったこととは無関係である。この最後の段落の話はそれだけで長大論文になり得るので、機会があればまた別の時に。

20230131 執筆 主席アナリスト 中里幸聖


前回レポート:
防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)






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