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資金循環統計からみた国債と日銀

円安基調、インフレ傾向、しかしながら経済成長の足腰がしっかりしない中、日銀が本格的な金融引き締めに転じるかどうかが注目されている。2013年4月のいわゆる「異次元の金融緩和」以降、日銀は大規模な資産買い入れを進めてきた。その中心は国債である。今後の見通しを立てる際の前提として、資金循環統計により状況を整理する。


国債残高(ストック)の動向

(1)国債残高は1980年度末以降ほぼ一貫して増加傾向

本稿では日本銀行「資金循環統計」により、国債・財投債(以下、文章中では「国債」)と日本銀行(日銀、統計用語として以下では「中央銀行」)の関係を中心に状況を整理する。
国債の年度末残高は、数年を除いて、1980年度末以降一貫して増加基調である(図1)。国債の残高合計は、1980年代後半から1990年頃までのいわゆるバブル景気の頃に横ばいからやや減少となり、リーマンショックのあった2008年度末も減少した。
図1は、いわゆる「異次元の金融緩和」(2013年4月開始)が始まる直前の2012年度末と直近の2022年度末で、国債の保有残高が相対的に多い部門である中央銀行、国内銀行、中小企業金融機関等、生命保険、年金計、海外を図示したものである。
なお、中小企業金融機関等は、信金中央金庫、信用金庫、商工組合中央金庫、全国信用協同組合連合会、信用組合、労働金庫連合会、労働金庫、ゆうちょ銀行であり、年金計は年金基金、公的年金の合計である。その他のことも含め、「資金循環統計」について知りたい方は、日本銀行ウエブサイト「資金循環統計の解説」からダウンロードできるファイルを参照頂きたい。
 
図1:国債・財投債の主な部門別保有残高(年度末)

注:2004年度末までは93SNAベース、2005年度末以降は08SNAベース。
出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成

(2)国債残高の過半を保有する日銀

図1に挙げた部門について、国債の保有構成比を図示したものが図2である。1990年度末までは国債の20%前後を国内銀行が保有し、次いで中央銀行という構図であった。その後、リーマンショック直前までは国内銀行の国債保有構成比は概ね低下傾向にあり、一方で生命保険と2000年代半ばまでは中央銀行の保有構成比が上昇基調となっていた。
生命保険の国債の保有構成比は2012年度末がピークであるが(図2)、保有残高はその後やや増加した後は横ばい圏で推移している(図1)。図2に戻ると、年金計の保有構成比は2008年度末までは上昇基調であったが、その後は低下基調となっている。海外は1997~1998年頃の日本の金融危機時に国債の保有構成比が上昇したが、その後はやや低下し、2010年代半ば頃から再び保有構成比が上昇傾向にある。
図1、図2のいずれを見ても顕著な動きは、中央銀行の国債保有残高、保有構成比共に、いわゆる「異次元の金融緩和」以降に大幅に増加・上昇していることである。中央銀行の保有残高は「異次元の金融緩和」直前の2012年度末には93.9兆円であったが、2022年度末には576.1兆円と約482兆円増加し、2012年度末に比べ約6倍になっている。保有構成比は2012年度末の11.5%から跳ね上がり、2022年度末には53.3%と国債残高の過半を占めるに至っている。
なお、中小企業金融機関等の保有残高・保有構成比が2007年度に跳ね上がっているが、郵政公社の民営化に伴い、ゆうちょ銀行が同部門に分類された影響である。
 
図2:国債・財投債の主な部門別保有構成比(年度末)

注:2004年度末までは93SNAベース、2005年度末以降は08SNAベース。
出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成

国債取引額(フロー)の動向

(1)国債は危機対応時にプラスの取引額が増加

国債の年間取引額合計を見ると、金融危機やパンデミック対応などの時期にプラスの取引額(=国債による資金調達)が増加している(図3)。バブル崩壊後の小規模の金融危機があった1900年代前半、北海道拓殖銀行、山一証券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行などが破綻した1997~1998年から続いた日本の金融危機(2005年頃に収束)の時にはそれ以前よりもプラスの取引額が増えている。危機がある程度収束した2006年度からは国債返済の動きが強くなり2008年度にはマイナスの取引額となったが、リーマンショックに端を発する世界金融危機への対応などにより2010年度には再びプラスの取引額が大きく増加した。その後、2013年度の「異次元の金融緩和」開始時をピークに高水準ではあるもののプラスの取引額は漸減傾向が続いたが、2020年度のコロナ禍によりプラスの取引額が再度増加に転じている。
 
図3:国債・財投債の主な部門別取引額(年度)

注:2004年度までは93SNAベース、2005年度以降は08SNAベース。
出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成

(2)2000年代半ばまでは生保、年金などが買い手

資金循環統計の金融取引表(フロー表)は、プラスだと該当部門による該当金融商品の買い、マイナスだと該当部門による該当金融商品の売りを意味する。
図3を見ると、1998~2005年度のプラスの取引額が多かった時期、生命保険はこの期間を通して買い手となっている。年金資金運用基金(年金積立金管理運用独立行政法人:GPIFの前身)が設立された2001年度からは、年金計が買い手として存在感を増している。海外は1999年度、2001年度、2003年度(若干なので図3ではほとんど表示されてない)は売り手となっているが、それ以外の年度は買い手である。国内銀行は2001年度以外の年度は買い手である。2000年代後半の国債返済の動きが強まった時期は、中央銀行は売り手である。

(3)「異次元の金融緩和」以降、中央銀行が買い、国内銀行、中小企業金融機関等が売る

図4は「異次元の金融緩和」以降の状況をより詳しく見るため、2010年以降について四半期ベースの主な部門別取引額を図示したものである。
図4の顕著な特徴は、2013年6月期から中央銀行による国債の購入額が大幅に増加していることであろう。2013年4月の「異次元の金融緩和」開始以前は、購入額が10兆円を超える四半期は2001年6月期を除いてなかったが、2013年6月期の購入額は18兆円を超えた。2013年6月期~2017年12月期までは連続して二桁兆円を購入しており、中央銀行による国債購入を通じた資金供給の凄まじさが表れている。
2018年9月期に12兆円強となった後、中央銀行による国債購入は過去に比べれば高水準ではあるものの暫くは10兆円を超えなかった。しかし、2022年6月期に17兆円弱と再び二桁兆円台となり、黒田東彦・前日銀総裁が退任した2023年3月期は21.3兆円と2015年9月期の21.6兆円に次ぐ規模となった。なお、速報数値ではあるが、2023年6月期は中央銀行による国債購入は3.4兆円と「異次元の金融緩和」以前の水準であった。
2013年6月期以降の中央銀行による国債大量購入局面(二桁兆円台の購入が続いた2013年6月期~2017年12月期)では、主として国内銀行、中小企業金融機関等、年金計が国債の売却主体であった。中小企業金融機関等と年金計は、2013年9月期以降は2017年12月期まで売り越し続けていた。国内銀行は2013年6月期の16兆円弱、2017年3月期の12兆円弱など二桁兆円の売り越しをしている。
 
図4:国債・財投債の主な部門別取引額(四半期)

注:2023年6月期は速報。
出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成

まとめ


日本銀行「資金循環統計」から国債の動向を整理した。国債の残高は、1980年度末以降ほぼ一貫して増加基調である。
「異次元の金融緩和」以前は金融危機などの危機対応時に国債による資金調達が相対的に増加する傾向があったが、「異次元の金融緩和」以降は日銀が市場に資金を大量供給する手段としての色彩が強まっていることが、統計数値からも明らかとなった。
資金大量供給期間に国債を売却(=売却主体は資金確保)したのは、国内銀行、中小企業金融機関等、年金計が主体である。年金計の場合は長期的なポートフォリオに基づいて国債売却主体となっていたと推測される。国内銀行、中小企業金融機関等が国債売却により資金を確保したことは、資金供給量を大幅に増やすという「異次元の金融緩和」の手段自体は達成できたと見なせよう。「異次元の金融緩和」の目的であるデフレ経済の脱却については、議論が分かれると思われる。
個人的見解としては、どこの国であっても中央銀行だけでデフレ脱却を達成することは困難である。財政部門と中央銀行の協力が重要であるが、我が国の場合、日銀が頑張っていた期間に2度も消費税増税し、人々のマインドを冷やす効果をいかんなく発揮した財務省について検証が必要と考える。


20231127 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
地域公共交通の活性化に改正法を活かす」(2023年11月10日)

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