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ウクライナ戦争後のドイツ経済とユーロ円相場の行方

ウクライナ侵攻後1年半たっても戦争の帰結が見えない中、侵攻後大きく変わったドイツのエネルギー戦略と経済状況並びにユーロ円相場の行方を探った。


1.露プーチン大統領の誤算

ドイツは、2014年のロシアによるクリミア侵攻に端を発する金融・エネルギー分野でのロシア制裁の発動以降も、天然ガスを中心とするエネルギーのロシア依存政策を変更せず、むしろ、ロシア側の働きかけに応じて、ノルドストリーム2プロジェクト完成に向け、着実に準備を進めた。ロシア側も、独仏を中心に、欧州の首相経験者を、ロシアエネルギー大手のガスプロムやロスネフチの役員に迎えることで、ロシアへのエネルギー依存を深めるよう、長年に渡る浸透工作を成功させてきた。
プーチン大統領にとっても、こうした成功体験を踏まえ、ロシアによるウクライナ侵攻以降も、欧州のロシアへのエネルギー依存関係は変わらないと読んでいたはずであったが、今回は、あからさまな武力侵攻が、欧州諸国の国民感情を揺さぶり、一気に脱ロシアへ舵を切らせることとなった。

2.ウクライナ戦争の最大の受益者は米国

米国は、欧州のエネルギーのロシア依存を減らすことを国益に、長年、分断工作を図ってきたが、独メルケル元首相、プーチン大統領の絆は強く、ノルドストリーム2完成真近までプロジェクトは進行していた。しかし、昨年のロシアによるウクライナ侵攻により、状況は一転、ドイツを中心に欧州諸国が、エネルギーのロシア依存脱却の方向に舵を切った事で、米国のエネルギー安全保障政策は、一夜にして完成、米国がウクライナ戦争の最大の受益者となった。ここで欧州のロシアへのエネルギー依存関係を埋め合わせる上で、大きな役割を担ったのが米国の欧州へのエネルギー輸出であった。ロシアのウクライナ侵攻以降のエネルギー価格の高騰が、米国のシェールオイル、ガス業者の採掘投資を活発化させ、欧州からの旺盛なエネルギー需要に応じられるよう、急ピッチでの生産が行われ、米国は、図表1の通り、原油の輸出量がウクライナ侵攻以降、急増し、今までの原油輸入国から輸出国に転換することになった。

(図表1 米国の原油輸出量推移チャート Trading Economicsからの引用)

3.ドイツのエネルギー戦略と経済状況

ドイツは、ロシアからのノルドストリーム1,2を通じての安価な天然ガスの輸入を停止し、米国からの高価なLNGガスの輸入に切り替えた結果、ドイツ国内のエネルギー価格は高騰している。それに加えて、メルケル元首相が、福島原発事故を機に、安価な原子力発電の利用の停止を発表していたことで、国内のエネルギー価格の一層の高止まりが懸念されている。図表2の通り、ドイツのCPIは、依然として6%強の高い水準にあり、米国の3%と比べると、インフレ鎮静化のスピードは遅くなっている。
こうした状況は、国内製造業の生産性を弱め、企業の国外流出が進むことで、産業の空洞化が懸念される状況になっている。加えて、米中対立の煽りを受けて、ドイツが今まで中国経済への依存度が高いことの反省に立って、中国とのデリスキングを進める立場を鮮明にしている。今まで、中国自動車市場において、フォルックスワーゲンの販売シェアがNo.1となるなど、中国売り上げの規模が大きいドイツ企業にとって、中国とのデリスキングによる経済的ダメージは、他国より大きくなる。
こうした状況を受け、ドイツの総合PMI指数が図表3の通り、ロシアのウクライナ侵攻以降、好況、不況の分かれ目となる50を割り込むなど、景況感の悪化が深刻化している。
即ち、ロシアとの関係悪化の悪影響を一番大きく受けているのが先進国の中ではドイツということになり、ウクライナ侵攻の長期化は、ドイツの経済状況の低迷を長期化させる要因となっている。

(図表2 ドイツCPI推移チャート Trading Economicsからの引用)
(図表3 ドイツ総合PMI推移チャート Trading Economicsからの引用)

4.ユーロ円相場の行方

こうした状況を受け、インフレ懸念の長期化が危惧される一方、図表4の通り、ユーロ圏のGDP成長率は、限りなくゼロに近づいており、スタグフレーションのリスクが高まっている。
今までは、日欧は、金融政策の方向性の違いから、日欧の金利差拡大に着目し、昨年来一本調子にユーロ高円安が進捗してきたが、欧州の利上げ打ち止めの時期が近づく一方、これから金融政策の正常化が始まる日本との間の金利差は着実に縮小していくことが想定される。日本経済は、インフレ率が比較的低位に留まる一方、円安が進んだことから、今年度の名目GDP成長率は大幅に上振れることも想定されており、潜在的な長期金利の上昇圧力は強いものと想定される。
図表5の通り、この3年間で、ユーロ円相場は、一本調子に40円以上、ユーロ高円安が進行してきたが、さすがに、行き過ぎ感が出ており、本格調整の時期が近づいていると思われる。一旦、調整が始まれば、ユーロ円相場は、半値戻しの135円程度までの下落余地はあるものと予想する。

(図表4 ユーロ圏GDP成長率推移チャート Trading Economicsからの引用)


(図表5 ユーロ円推移チャート Trading Viewからの引用)


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20230825執筆 チーフストラテジスト 林 哲久



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