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#1649 発問をやめる道徳授業【道徳科】

道徳科の授業は、教師による「発問」で授業が進む。

そのため、「画一的一斉授業」に陥りやすい。

私も以前に下記のような記事を書いた。

道徳では「発問」「問い」が命であり、その問いの質により、「考え議論する道徳」にすることができる。

そして、多面的・多角的な視点で他者との話し合い・交流をしていくことができる。

しかし、いつまでも教師が「問い」を考案し、それを「発問」という形で投げかけているだけでは、子どもが「問える存在」とはならない。

道徳では「問い」が命であるのなら、その「問い」自体を子どもが考案できる必要がある。

そうなれば、子ども発の「自然な問い」による授業にすることができる。

しかし子どもは、道徳ではどのような問いが「よい問い」なのか把握していない。

そこで、議論を生むような質の高い「問いの型」を提示する必要がある。

これは「演繹的でトップダウン型」のアプローチである。

私は現在、以下のような「問いの型」を提示するのはどうかと考えている。

参考にしたのは、『「ザワつく」道徳授業のすすめ』という書籍である。

(1)なんでそんなことできるの?型
 ①「なぜそんなことができるのか?」
 ②「なぜうまくできないのか?」
 ③「どうしたらうまくできるようになるのか?」
 ④「そのことができることにどんなよさがあるのか?」

(2)よく考えると,それっておかしくない?型
 ①「この行動について,おかしいと思いますか,思いませんか?」
 ②「なぜおかしいと思うのですか?」
 ③「どうすることが正しいと思いますか?」
 ④「どうすることが最もよいと思いますか?」
 ⑤「自分だったらどうしますか?」

(3)すごすぎて自分とは関係ないかもね型
 ①「あなたと比べて〇〇のすごいところはどこか?」
 ②「どうして私たちにはできないのか?」
 ③「どうすれば私たちも少しはできるか?」
 ④「私たちが生かすとしたらどんなことが生かせそうか?」

(4)わかっているけど,できないんだ型
 ①「なぜできないのか?」
 ②「ついつい〇〇してしまうのはなぜか?」
 ③「どうしたらできそうか?」
 ④「どうしたらできなくならないか?」

(5)どうしたらいいの?型 ※「抜け道なし」にする
 ①「何と何で迷いますか?」
 ②「それぞれの選択肢を選んだとき,最悪の結果を考えてみよう」
 ③「それでも,自分が後悔しないと思えるのはどちらか?」

「ザワつく」道徳授業のすすめ

以上のような「問いの型」を提示し、自分たちが読んだ資料はどのタイプになるかを考えてもらう。

そして、ペアや班で話し合いをしてもらう。

最後には、全体でも話し合いの機会をもつ。

このように、「型」をもとに「問い」を考案してもらうことで、徐々に質の高い「問い」を生成できるように育てていく。

これが、「考え議論する道徳」にもつながっていく。

最終的には、「型」がなくても、自分たちだけの力で、質の高い「問い」を生成し、議論することができるようにしていく。

このような道徳授業の形を模索していきたい。

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