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当事者不在の虐待防止条例案

noteで何度か紹介していますが、私は埼玉県民で小学校4年生の子どもがいる父親です。そのため、廃案になった埼玉県虐待防止条例案の問題は、正に当事者としての問題でもあるのです。

もちろん、虐待は絶対ダメです。そのための法規制は必要です。それでも、今回の条例案は子どもたちの息の根を止めかねない酷い内容で、通してはダメです。この案を作成した議員の人たちは、恐らく家庭を顧みないで生きてきたのかな、と想像せざるを得ません。

子育ての最終目標の一つは、子どもが自立した大人になっていく事だと思います。自分もそうでしたが、小学校高学年になれば自分たちで留守番する事もありましたし、同級生だけで電車に乗ってお出かけする事も普通にやってました。それをちゃんとできる様に教育していく事も親の責任の一つだと思っているのですが、この条例案は、そうした子どもたちの成長の機会を阻害してしまいます。その結果、高校生になっても、親がクルマで送り迎えしないと通学できない環境を生んでしまいかねない。さらに、公共交通機関や繁華街が犯罪の温床となり極めて治安の悪い空間にもなりかねない、そういう危険性も孕んでいるわけです。

子育ては、家庭や学校だけで完結できるようなものじゃないんですよ。社会との幅広いつながりで、子どもの安全や生活のしやすさを作っていくものなんですよ。殆どの親は日々葛藤しながら、それぞれの子どもたちと向き合っているのです。

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