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ラグビーW杯は、もはや北斗の拳だと思う。

ラグビーW杯で、我らがJAPANが最高の試合をみせてくれた。そして、ラグビーW杯がかつてないほどの盛り上がりをみせている。


もはや、人々の関心の8割はラグビーである。残りの2割は人によってまちまちだ。今日の晩御飯の人もいれば、大好きなあの子の方もいるだろう。中には明日の天気の人もいるかもしれない。


だが、それらは所詮は2割。今や日本人は、今日の晩御飯よりも、リーチマイケルの晩御飯に興味があるし。大好きなあの子よりも、屈強なあいつに興味がある。明日の天気よりも、フィールドの芝の状態へ強い興味を惹かれている。



話を元に戻そう。なぜ、人々はこれほどまでにラグビーW杯に魅了されるのか。JAPANの頑張りがその一旦を担っている。というか、もはやそれこそ8割くらいの要因であることは、ほぼ間違いない。


でも、それ以外にも何かあるはずだ。

実際、日本戦以外の試合ですら、スタジアムはいっぱい。多くの人が、ラグビーというスポーツそのものに惹かれている気がしてならない。


そんな考察を進めていくと、私はある仮説にたどり着いた。人々が、ここまでラグビーに惹かれる理由。


それは、「ラグビーが北斗の拳そのもの」だからというもの。

いきなり衝撃的な仮説をぶっこんで申し訳ない。でも、これは事実というか、真実だ。


それでは、この仮説がなぜ真実たりえるかを詳しく説明していこうと思う。



まずはじめに、多くの方がご存知だとは思うが念のため『北斗の拳』とは何かをすごく簡単に説明しておきたい。


北斗の拳とは・・・

伝説の暗殺拳「北斗神拳」の伝承者ケンシロウが、「強敵」と書いて「とも」と読む屈強な相手に挑んだり、時に兄弟喧嘩をしたりしながら宿命に挑む漫画です。


それじゃ全然わからないよって人は読んでみて欲しい。損しないから。むしろ、今まで読んでこなかったことへの後悔しかわかないはずだから。


さて、話を元に戻そう。ラグビーがなぜ北斗の拳なのか。


まず、ラガーマンたちの身体の屈強度。あれは完全に北斗の拳のキャラクターたちと一致している。


あるものは、ケンシロウに。あるものは、ラオウに。そして、金髪の選手はサウザーに。重ね合せることができる。そしてどのチームにも山のフドウは間違いなくいる。


ただしアミバはいない。いや実際にはアミバもそこそこいい身体だが、アミバには似ていて欲しくない。

ラガーマンたちに「残悔積歩拳」は似合わない。彼らには、前にしか進んで欲しくない。



そして、まさしくその前へ前へとボールを進めるあの姿こそ、サウザーの名言「退かぬ、媚びぬ、省みぬ」を彷彿をさせるではないか。


彼らは一歩も退かない。前へ前へ。屈強な宿敵(ともと読む)にぶつかられても、とにかくくじけない。


そして、審判にこびることもない。見たことがあるだろうか?審判に媚びているリーチマイケルを?

「いやーお願いしますよー。そこをなんとかー。今度美味しい日本酒送りますんで。」なんてことには、一切なっていない。


ただ、よくよく考えてみれば省みてはいる。一試合一試合、省みてきたからこそ、今のJAPANがある。

というか、省みることは大切だ。なぜサウザーは省みなかったのか?そこがケンシロウとの戦いの敗因ではないか?という気すらしてくる。


話を元に戻そう。


そして、なんとも彼らのコート外での行動は、もう山のフドウのそれか、トキのそれとしか思えない。

台風で試合が中止になったトキ(時とトキをかけている)、カナダ代表は釜石市でボランティア活動にいそしんだ。


もう、これはトキと同じレベルの優しさでしかない。核戦争の際、ケンシロウやユリア、多くの子どもたちをシェルターにいれるため、あえて自分はシェルターに入らず死の灰を浴び、病を患ったことで、北斗神拳の継承者争いから脱落したトキ。


「死ぬまでにどれだけの人を救えるか、それが自分の生きた証」との強烈なポリシーを胸に、医師として生き続けたトキ。


「祖国に帰るまでにどれだけのことができるか。それが自分たちが日本に来た証」と考え(どう考えていたかは僕にはわからないが)、釜石でボランティアをしたり、山口県の小学校の運動会に参加して、子どもたちと綱引きをしたり。


もはや、彼らはトキでしかない。違うところといえば、病を患っていないところくらいのものだろう。


そして、ナミビア代表は山のフドウでしかない。もはや、言わずもがな。「大きくて心優しい」といえば、フドウである。

ナミビア代表は、自分たちの試合が中止になっても宮古市でボランティアを行った。


ちなみに、山のフドウは身長225cm、体重270kmとのこと。(wikipediaの情報)


こんなやつが1人でもおったら、さすがのラグビー界でもパワーバランスがおかしくなって、ワールドカップが盛り上がらなくなるかもしれないが、でもやっぱり、ラグビーは紳士のスポーツであると共に、山のフドウのスポーツでもある。



そして、なんだあのノーサイドというシステムは。試合が終わったら、敵も味方もないだと?お互いを称え合うだと?

まさしく、北斗の拳ではないか?!それまで、死闘を繰り広げていた二人でが、決着がついたあとはリスペクトしあう。

ケンシロウは、自らの胸に七つの傷を負わせたシンのために、闘いが終わったあと墓を作ってやるのだ。このシーンなど、ノーサイド感がえぐい。


そして、なんだあの負けたチームの晴れ晴れとした顔。相手を讃える言葉。

「我が生涯に一片の悔いなし」感。

彼らは、ラオウなのか?山のフドウなのか?はてさて、雲のジュウザみたいなやつが、オールブラックスにいたような。



もはや僕には、聖帝十字陵のてっぺんを運んでいるシュウがスクラムを組んでラガーマンにしか見えなくなってきた。



というわけで、ありがとうブレイブブロッサム。決勝まで楽しみだな、ラグビーW杯。


そして、最後に。ありがとう『北斗の拳』。

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