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旅中に120kgの鬼と出会った。〜リクライニングに立ち向かえ〜

旅をしていると、リクライニングに出会う機会は多い。飛行機、バス、列車など。旅の移動とリクライニングは切ってもきれない関係である。


そして、旅人には2種類のタイプが存在する。

リクライニング運が良い人とリクライニング運が悪い人だ。

リクライニング運が良い旅人は、移動の際に後ろの席に誰も座っていないことが多く、前の席の人のリクライニングも控えめだ。この2つはセットでないように見えてセットである。

理由?わからない。とにかくそういうものなのだ。


それに対して、リクライニング運が悪い旅人というのも一定数存在する。後ろにはいつも巨漢の強面が座り、前の席に座った人間は必ずといっていいほどリクライニングを最大限活用しようとしてくる。


僕は間違いなく後者だ。とにかく、前の人間がリクライニングをフル活用しようとしてくることばかり。(後ろに強面が座っていることは間違いないので、後ろの席は覗き込まないようにしている)

例えばLCCで。ただでさえ窮屈な足元なのに、なぜか前に座る人間はフルフラッとにするかの勢いでシートを倒しにかかってくる。


そして、僕が一番困らされたリクライニング使いが、南米のバスで出会った、120kgの鬼である。

陸路移動のバスの中で、僕の前の席にすごくむきむきのスキンヘッドが座った。彼はイヤフォンをしており、すごい大音量でシャカシャカとHIPHOPがもれてくる。座って5分ほどしたあとのことだった。そのスキンヘッドは、突然リクライニングをもうそれ以上いくと逆に体反ることになるんじゃないかというくらい倒してきた。


スキンヘッドの男は大音量でHIPHOPを聴いている。眠れる状況なはずがない。快適な睡眠をとりたいなら、大音量のHIPHOPじゃなくて、ヒーリング音楽にするだとか、波の音がずっと流れてくる音源に切り替えるだとか、そんな風にする必要があるはずだ。

彼の聞いている音楽は快適な睡眠に適しているようにはどうしても思えない。にも関わらず、彼はリクライニングを最大限まで倒し、睡眠をとろうとしている。これはいったいどういうことなのだろう?


快適な睡眠が欲しいなら、リクライニングの前にまず音楽をなんとかするべきだ。あと被っている帽子もとったほうがいい。血流が悪くなり、眠りが浅くなるぞ。


だが、彼はそのまま眠りについてしまった。前の座席が倒れ過ぎていて、彼の頭から足の先まで見えている。それくらいのリクライニング感だった。僕の足元は、なんとか隙間があるくらい。寝返りなんて当然うてるはずもない。


眠れない。


ただ、抵抗を試みようかはかなり迷うところである。なんせ前の席の男はスキンヘッドで腕中タトゥーだらけだ。

そんなやつは海外に行けば一定数いるし、怖い人ばかりじゃないことはわかっている。でも、さらに彼はムキムキときている。腕がもう金棒なのだ。鬼に金棒ではない。鬼の腕が金棒なのだ。この時点で、彼はいつのまにか鬼と化していた。

怖い。鬼だ。どう頑張っても勝てそうにない。胸板もすごく厚い。ボディビルの大会では胸板の分厚さを褒める際、「胸がケツみたい」との掛け声を使うらしいが、彼の胸板はシュワちゃんのケツくらいある。どうだろう、その貫禄。ただシュワちゃんのケツは、シュワちゃんの胸板くらいなので、別にけつをあえて引き合いに出さずとも、シュワちゃんみたいと褒めることはできる。


話を元に戻そう。

だけど、だんだん腹が立ってきた。どうして、こいつはHIPHOPを聞きながらでも熟睡できる環境作りに成功おきながら、僕はスマホの充電がきれて波の音を聞くことすらできない状態で、足元を気にして眠らなければいけないのだ。しかも、そのHIPHOPがシャカシャカ漏れ出ている音も俺の眠りをさまたげているんだ。わかるか?鬼?


もう我慢の限界だった。リクライニングされているシートを思いっきり上に押し上げてみる。


ビクともしない。


なんせ相手は鬼なのだ。鬼の推定体重はおそらく120kg。しかもその120kgのほとんどが筋肉で構成されている。


もう一度思いっきり押しあげてみる。渾身の力で。


やはりビクともしない。ただ、鬼が異変に気づいて目を覚ました!僕はすぐに寝たふりをする。薄目を開けて鬼の行動を観察する。すると、鬼は自分のスマホをいじって曲を巻きもどし、また寝た。


どうやら本当に僕の抵抗にはビクともしていないらしい。ただそれよりもHIPHOPがお気に入りの曲じゃないことに異変を感じて起きたようだ。


その後も、何度か抵抗してみたが鬼は起きる様子を見せないし、鬼が乗っているリクライニング席はビクともしない。ただ、鬼は時々起きては、スマホを操作してお気に入りの曲に巻き戻す作業を繰り返す。


ちなみに鬼のお気に入りの曲は、漏れてくるシャカシャカ音が他の曲よりも大きい。この辺りも鬼が鬼たるゆえんである。


結局僕は抵抗に疲れ、眠りについた。どうやら鬼への抵抗で体力と精神力がかなり削られたらしい。今までのバスでは経験したことのないほどの眠りに落ちた。


鬼と思った彼は実は仏だった。精神力と体力をぎりぎりまで削り、深い眠りに僕をいざなってくれた。



そして、深い眠りから僕が目を覚ました時、鬼はいなくなっていた。いつの間にか彼は下車をしていたのだ。



リクライニングはそのままだった。いや、戻せ。やっぱりやつは鬼だった。


終わり。

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