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やむをえず監査クライアントに前言撤回するときの対応マニュアル【監査ガチ勢向け】

クライアントと一旦打ち合わせした会計処理などを、あとでひっくり返さないといけなくなる。絶対に避けたい事態ですが、起こってしまったらどうしましょう?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

何らかの監査判断を行ってクライアントに伝えたあとで、その判断を変更しないといけなくなる事態。誰もが避けたいですね。



前言撤回の起こる背景

監査厳格化の流れに乗って、前言撤回のリスクは増しています。

審査がより広範囲にレビューするようになり、品質管理部門が関与する機会も増え、さらに検査の頻度も高くなりました。
その結果、昔々は「今さらクライアントに言えないよね」で済ませていたことが、今は済まなくなっています。

監査を受けるクライアントとしては「審査だか検査だか知らないけど、厳格にやるんだったら前言撤回を起こさないようにやってよ」と思いますよね。
クライアントなど監査業界の外の方々に向けて「前言撤回なんてなんで起こるの?」を説明したてりたまnoteがあります。

さらに、監査法人が前言撤回を避けるために何をしないといけないか、についても以前のてりたまnoteに書きました。

その努力のかいなく前言撤回をせざるをえなくなったとき。今回のてりたまnoteでは、その場面を取り上げます。
ひっくり返す対象がクライアントにとって重要であればあるほど、炎上し修羅場となります。この難しいコミュニケーションをどう進めるべきかを考えていきましょう。


前言撤回をクライアントに伝える目的と目標

あらゆるコミュニケーションには、目的があります。
今回の目的は「前言撤回をクライアントに伝えること」なんですが、このコミュニケーションがどうなれば「成功だった」と言えるのでしょうか?
二つあります。

コミュニケーション目標➀
伝えるべき内容がクライアントに理解され、クライアント側で必要なアクションが実行される

前言撤回の結果、会計処理を修正する、開示を追加する、内部統制の不備として取り扱う、といったアクションをクライアントに起こしていただく必要があります。
まずはこのアクションが適切に実行されることが最優先。そうでないと監査意見が出せないかもしれません。

コミュニケーション目標②
クライアントのストレスをできるだけ軽減し、信頼関係をできるだけ維持する

クライアントのストレスをできるだけ小さくし、信頼関係をできるだけ損なわないようにすることも目標とするべきところです。

ただし、クライアントによって必要なアクションが実行されることの方が重要。その上での「できるだけ」の対応になります。

これらの目標を達成するための具体的な進め方を、次の3つの順にみていきます。

❶ 監査チーム内の事前検討
❷ コミュニケーション計画
❸ コミュニケーションの実施


前言撤回をクライアントに伝える手順
❶ 監査チーム内の事前検討

コミュニケーションについて考える前に、押さえておかないといけないことがいろいろあります。

● あるべき会計処理/開示/内部統制の取り扱いは何か

当たり前ですが、「あるべき」は何なのかが明確になっていないと混乱するだけになります。ふわっと頭の中で分かった気になっているのではなく、文章に落としておくべきです。

● 本当に前言撤回するしか選択肢はないのか

「会計処理などを修正するしか道はない」と監査チームが腹落ちしていないと、クライアントからの反論にしどろもどろになったり、説明が二転三転したり、といったことが起こります。

また、クライアントから鋭い反論が来て前言撤回を撤回する(元通りの会計処理などでOKになる)ことになると、監査チームへの信頼は地に落ちてしまいます。

● 前言撤回の理由は何か

理由も明確に説明できないようでは、クライアントは「この人たちは信頼できない」という思いを強くしてしまいます。

より具体的には、
「現在の処理/手続が認められない理由」
「それにもかかわらず過去OKした理由」
「伝えるのがこのタイミングになった理由」
を明確にしておきましょう。

● クライアント側で必要になるその他の対応

例えば議論の焦点は会計処理であっても、開示の追加は必要か、内部統制の不備としないといけないか、などほかに影響する項目がいろいろあるかもしれません。

クライアントの責任で考えてもらわないといけませんが、想定される主な項目を説明に含めるなどして、クライアントでの検討が漏れないように協力するべきです。

● 責任の切り分け

前言撤回を伝えるのは監査チームですが、監査チームにすべての責任があるとは限りません。
クライアントが情報を小出しにしたり、情報が二転三転することで監査チームが混乱したかもしれません。
あるいは、相談した品質管理部門の回答が紛らわしくて監査チームが誤解した、ということもありえます。

クライアントにどのように伝えるかはあとで考えるとして、一旦は事実ベースで考えてみます。「何を謝罪するか」を検討する上で重要になります。

● 原因と再発防止策

監査チームとしても、前言撤回なんて二度と起こしたくありません。
そこで、前言撤回が発生した原因を分析し、再発させないための手段を講じておかないといけません。

あとでクライアントに伝えるときにも重要です。

● ほかに前言撤回リスクのある案件はないか

目下問題になっている件がようやく解決したころに、別件で前言撤回が発生してしまうと、いよいよクライアントは監査チームを信頼できなくなります。

目の前のことに集中したいところですが、ほかにもないか検討し、前言撤回が必要であれば同時に伝えます。検討に時間がかかるのであればリスクがある旨だけでも伝えることを考えましょう。

● 補論:監査チーム内の情報共有の徹底

上記の検討結果は、筆頭パートナーからスタッフまで、監査チーム全員がよく理解し、一枚岩で動くように情報共有しておくことがとても重要です。
そうでないと、こんなことが起こります。

  • クライアントと険悪なムードになっていることを気づかずにスタッフが何気なく発言したことが、クライアントの怒りを増幅させてしまう

  • 背景をよく分かっていないマネジャーが「私は、御社の処理が正しいと思いますけどね」などと発言してクライアントを混乱させる

  • 何も知らない筆頭パートナーがCFOから初めて聞かされ、再検討を約束してしまう(結論は変わらないので、クライアントの対応を遅らせるだけで終わる)

このマネジャーやパートナーのようなことが起こると、前言撤回をクライアントに伝えた人が悪者になってしまうなど信頼関係に傷をつける結果に。さらに監査チーム内部のチームワークにも支障をきたします。


前言撤回のクライアント伝える手順
❷ コミュニケーション計画

❶での検討結果に基づいて、クライアントに説明する内容と段取りを考えます。
先に考えておいた「クライアントに伝える目的と目標」を達成できる計画が必要です。

誰にどんな順番で説明するのか

通常は、現場レベルからスタートし、部長クラス、CFOという順番で説明することがよい場合が多いでしょう。
しかしクライアントによっては、いきなりCFOに説明しないとうまくいかないこともあります。

クライアントのコミュニケーションの癖や案件の特徴を踏まえた高度な判断になります。

いつ説明するのか

説明するのは早ければ早いほど、クライアントは段取りしやすくなります。
しかし、何も分からない段階で「前言撤回するかもしれません」とだけを伝えても、過剰に心配させるだけかもしれません。

このスピードと説明内容とのトレードオフの中でどうバランスを取るか、これもクライアントや案件の特徴によって判断します。

誰が説明するのか

誰が説明するか、は自明なことも多いでしょう。例えば、CFOには筆頭パートナー、部長はマネジャー、といったように。

しかし、場合によっては監査法人のトップや部門長から説明することを検討しないといけないこともあります。

それぞれの説明する機会において、どのように説明するのか

説明するべき事項をどのような順に説明するか、はとても重要です。同じことを説明するのでも、この順番やちょっとした言い回しによって聞く人の印象はずいぶん変わります。

しっかりと説明の構成を組み立てて、何度もリハーサルをしながらブラッシュアップします。

謝罪するべき点と謝罪してはいけない点

謝罪については、あとで後悔することにならないか、訴訟リスクがあるのではないか、と慎重になりがちです。
また、そもそも二重責任の原則があるので謝罪するのはおかしい、という議論もあるかもしれません。

しかし、謝罪を避けた結果、かえって炎上する場合があります。時間が経ってから「あのとき一言謝ってくれていたら、社内はおさまったのに」とクライアントから言われることもあります。

クライアントの姿勢や監査チームとの信頼関係を踏まえた判断になりますが、監査法人側に落ち度があれば認めて謝罪する方がうまく事が進むケースが多いように思います。

逆に、クライアントをなだめるために、謝罪してはいけないことまで謝罪してしまってはいけません。
監査チームが過剰なリスクや負担を背負いこむことになるかもしれません。

前言撤回のクライアント伝える手順
❸ コミュニケーションの実施

あとは計画に沿ってコミュニケーションを実施します。
しかし、クライアントの反応によって臨機応変、当意即妙に計画を変更することになります。

修羅場は人を鍛えると言います。
胃を痛めながら、つらいコミュニケーションに逃げずに取り組む中でこそ得られる成長があります。

用意周到な計画の上に、コミュニケーションを成功されることをお祈りしています。


おわりに

前言撤回を避けるためのあらゆる努力をしても、避けられないことはあります。
そんなときのストレスをできるだけ減らし、うまく事態を乗り切り、願わくばクライアントとの関係を一層強固にするために参考になれば幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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