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テラジア アーティストインタビュー vol.6 インドネシアチーム前編:ユスティアンシャ・ルスマナ(舞台芸術ディレクター)

テラジアでは、2024年に全アーティストが一堂に会する「Sua TERASIA」をインドネシアにて開催している。
そのインドネシアからテラジアに参加するユスティアンシャ・ルスマナとスギヤンティ・アリア二。2人のそれぞれの活動から、テラジアへの参画、そしてこの先のSua TERASIAに向けて話を聞いた。

社会共同体へのリサーチから

インタビュー前編は、ジャカルタを拠点にするユスティアンシャ・ルスマナ(以下、ティアン)。パフォーマンス作家として多様なアーティストらと協働し、また映像・アート・グラフィックデザイナーとしても活動している。まずは彼の活動のベースを聞いた。

「普段の活動は、リサーチ活動が多いです。リサーチ対象は地域住民や社会、社会共同体の人たちで、彼らとの関係を大切にしています。リサーチを、芸術という形にどのように変換したらよいだろうかと模索し、さまざまなメディアを扱っています。」

ティアンの創作のベースはリサーチ活動にある。現在はどのようなリサーチを行っているのだろうか?

「今はインドネシアの西カリマンタン州のシンカワン(Singkawang)という場所で、生活と人間におけるスピリチュアルな習慣や信仰についてリサーチをしています。シンカワンにはタトゥン(tatung)と呼ばれる霊媒者による中華系民族の伝統儀式があり、その人たちの信仰について調べています。」

インドネシアの中国系の文化にはもともと、イムレック(旧正月)の15日後にお墓参りをして先祖を弔う習慣があるそうだが、シンカワンでは独自の儀式が8月にあるとティアンは教えてくれた。その儀式のリサーチに行ったという。

「彼らは、亡くなった人や目に見えない魂や霊というものが、人間の身体に入り込めるということを先祖代々信じていているんですね。シンカワンでは毎年『ハントゥ・ラパール』というフェスティバルがあるんですが、ハントゥはゴースト、ラパールはお腹が空いているという意味なんです。つまり『ハングリー・ゴースト』というフェスティバルです。この儀式は、家族がいない霊や身寄りのない霊のためで、大きな長〜い机を用意して食べ物を用意するんです。椅子がたくさんあるんですが、そこには座ってる人間はいない。つまり、霊のために椅子を用意して、霊をもてなすという儀式なんです。」

ティアンはシンカワンのリサーチだけでなく、長年リサーチベースで活動を続けている。その背景には、彼の他者や世界への興味がうかがえる。

「常に思っていることなんですけれど、私はジャカルタに生まれて育った人間です。ジャカルタは『コレ』という文化がないんです。それは生まれた時から今まで、常に感じていること。なので私としては、すごくオープンでいたいと思っています。色んな知識を得たり、世界を知ることが大事だと。確固たる『ジャカルタ』というものがないから、より世界を知りたい。それゆえに、リサーチというものに小さい頃から興味を持っていました。」

テラジアとの出会い、そしてテラ・インドネシア

2022年9月。各国のテラジアメンバーはインドネシアに集合し、ミーティングを行った。テアトル・クブール(Teater Kubur)の演出家・ディンドン W.S.に呼ばれたティアンは、言語の側面から彼を手伝うこととなり、次第にテラジアに参画していくことになる。

「テラジアの話を聞いた時、ただの面白いコンセプトというだけではなくて、〝答え〟があるような気がしました。パンデミック下では、生活も含めて芸術活動をどうやっていけばいいのだろうと、すごく混沌としていた状況だった。その状況に対する、一つの答えだと思ったんです。
またテラジアの活動において重要だと感じたのは、一つのアイデアをそれぞれの地域、文化に持ち帰って発展させるということです。まずみんなで集まってアイデアを生み出す。そこから解き放ち、それぞれのパーソナルな場所、異なる文化・異なる地域でそのアイデアを発展させる。この過程は、私自身も常日頃から必要だと感じていたことでした。」

テラジアに関わるにあたり、これまでの日本の『テラ』やタイの『TERA เถระ(テラ・テラ)』の映像なども観たという。一つのアイデアから、それぞれの場所でつくられたこれらの作品をティアンはどう観たのだろう。

「宗教と、場所(お寺)、そして芸術、その3点の関わりに興味を持って作品を観ました。文化や芸術が、宗教(寺という宗教的な場)と出会うとどのような効果があるのか、どんなことが起きるのか。社会の中にどうやって芸術というものが入り込むのか。そういう現象に興味が湧きました。宗教というのは生活習慣、社会共同体におけるものなので、そこに芸術を入れ込むアプローチの仕方として寺を使っている。また、日本とタイの『テラ』は私から見ると2つとも同じ仏教なんだけれど、捉え方やアプローチが全然違います。それはつまり(宗教観というよりも)生活・文化が違うからなんだ、ということも面白いと思いました。そしてこれらを観て、インドネシアだったらどうだろう、宗教と芸術を結び合わせたらどんな挑戦ができるだろうかと考えました。」

インドネシアでのミーティング以後、各国ではテラジア オンラインウィーク2022+オンサイトと題されたイベントが開催された。ティアンとスギヤンティ・アリア二(以下、ウギ)は協働して作品をつくることになる。

「まず一つ、今後に向けて何かつくろうと。『テラジアはこういうものを目指し、こういうことをつくっていきたい』と知らせる一種のプレゼンテーションとして作品をつくり始めました。」

2023年1月。TERASIA Onsite in Jakartaは、アソシアシー・テアトル・ジャカルタ・バラット (西ジャカルタ演劇協会)の協力で開催された。ティアンとスギは『Funeral Gift for Aminah Ghost』というタイトルで上演を行った。

「日本の『テラ』では、108の質問をしていますよね。どうやったらそれを取り入れて作品化できるかが、この公演での一つのチャレンジでした。
そこで、プラムディヤ(Pramoedya Ananta Toer)が書いた短編小説『ブリタ・ダリ・ケバヨラン』(Berita dari Kebayoran,「ケバヨランからの知らせ」)を用いて、それに登場するアミナ(Aminah)という人物を引用し作品に取り入れました。公演ではアミナの霊をスギに演じてもらい、観客に質問をして答えてもらいます。霊として蘇ってきたアミナが、今のジャカルタの人たちに対して108の質問をする、という構成でした。」

質問は日本の『テラ』で使われた質問をジャカルタに移植して、そのまま用いた。「ジャカルタに住んで快適ですか」といった質問を投げかけられた観客は、ランプを使って「YES/NO」を答えたという。

メディア、あるいは容れ物としての身体を探る

アミナという霊を登場させるアイデアは、冒頭でティアンが述べた霊や死者との関わりに対する興味にも通じられるように見受けられる。
一つの作品発表を終え、次なるSua TERASIAに向けてどのような創作の構想があるだろうか。

「私たちの作品としては、構成や詳しい構想まではまだ至っていません。ただ、先ほど言ったシンカワンのリサーチで私が面白いと思うのは、身体というものをメディアとして考えているという点です。身体は、自分が所有しているものでありながらも、霊のためにも存在している。タトゥンのその考え方は面白い。霊も、先祖とか人間だけではなくて、水の霊だったり猿の神様だったり、色々とあるんです。霊や見えないものに対して、身体はメディア・媒体として存在している。」

メディアとしての身体、容れ物としての身体。身体を媒体として、死者や視えないものと接続する行為。それらを探ることは、人間の生や死に対する多様な認識を見出す作業にも思える。

「こういう魚を食べてはいけないとか、ルールもたくさんある。一方で、タブー視されているものが、他の地域では違ったりもする。身体の持つ意味、媒体としての身体がどう存在するのか、リサーチを続けています。」

さらに、ティアンの興味は歴史的なものだけに留まってはいない。現代の消費社会におけるスピリチュアルなもの、そして身体の扱いにも目を向けている。

「ビジネス化されているスピリチュアルもありますよね。伴侶を得られるとか、福が得られるとか。例えば、宣伝材料として身体が描かれることがありますが、霊のようなものが身体の中に入り込んでいる絵だったり、ポップな形でデザインされたりして、大衆の目につきやすいものにしている。いわゆる儀式とか神秘的なものだけでなく、そういったポップな文化として移行するということも面白いなと思っています。そういうものも一つのメディアなので、今後はそのあたりもリサーチしていきたいですね。」

Sua TERASIA、あるいはその先を見据えて

Sua TERASIAではジャカルタ、チアンジュール、バンドンなどいくつかの場所で開催されている。ティアンは主にジャカルタでの運営・コーディネートの部分にも携わっている。ここにはどのような思惑があるのか聞いてみた。

「それぞれの場所に適したもの、特質を使いたいと思っています。特にジャカルタでは、劇場で公演がされることが多い。社会共同体と密接な関係がある場所や環境を考えて、テーマや作品に合う場所で公演するという発想があまりないんです。
Sua TERASIAではそこを少し特質化して、劇場にこだわらず、色々な場所で効果的に作品を発表できたらと思います。インドネシアでは、環境が整っている劇場は少なく、そこでやれる機会もそんなに多くありません。なかなか劇場で公演できないということで、作品を諦めてしまう人も多い。そのために、劇場以外の場所のポテンシャル、作品発表やパフォーマンスの場所の新たな可能性も提供したいなと思います。」

Sua TERASIAでは作品の発表やシンポジウムが行われる。各国のチームが一堂に会する場を、どんなイメージを持って準備してきたのだろうか。

「先ほど言ったように、テラジアの活動において一番大切だと思っているのは、一つのテーマをみんなで決め、お互いの国にそれぞれが持ち帰るということです。ただ、Sua TERASIAでは、それをまた集めて発表をするといった単純なことはしたくはないですね。これまでの創作は、各々の場所で行われ、それぞれの解釈の仕方で面白かった。美観も、宗教観も含めて、いろいろな文化というものが見えました。
今度はそれをまた全員で『読み解く』ということをしたいと思っています。テラジアは一緒にやっているプラットフォームなので。それぞれが持ち帰って、行われてきたモーメントやアイデアを、また全体で読み取っていって、どういった解釈や新たなアイデアが出るのか。
作品発表の場というだけではなく、〝始まり〟であると思います。」

ティアンがパンデミック下における一つの〝答え〟だと感じたテラジアの活動は、次の始まりに向かって動いている。

「コロナ禍が始まってこの3〜4年間、すごく距離の遠い中でのコラボレーションを続けてきました。今、パンデミックが明けた中、また私たちが出会って何が生まれるのか。そこに焦点を置くのが私は重要だと思っています。
おそらく、私たちが初めは想像していなかったものに出会い、見つかると思っています。それを皆さんに伝えるということがSua TERASIA、つまり次のテラジアだと今は思っています。」

プロフィール

ユスティアンシャ・ルスマナ(ティアン)Yustiansyah Lesmana (Tian)
ジャカルタを拠点に活動する舞台芸術ディレクター、映像作家、ビジュアル・プログラマー。舞台芸術の共同制作のためのオープン・プラットフォーム「テアター・ガンタ」と活動するほか、パフォーマンス研究コレクティブ「コリドー・ミリン(斜めの廊下)」の発足人の一人でもある。作品はインドネシア各地の他、海外でも上演されている。 2017年以来、地域や国をまたがる芸術協働のモデルに関心をもち、これまでインドネシア・ドラマツルギー・カウンシル、APAF-アジア舞台芸術人材育成部門に参加。テラジアでは2022年より活動。分野、地域、メディア、世代を超えた多様なアーティストらと、様々な形で協働しプロジェクトを行っている。2013年と2014年、ジャカルタ演劇祭でジャカルタ・アーツ・カウンシル最優秀演出家賞を2年連続受賞。現在はジャカルタ・アーツ・カウンシル演劇委員とアーカイブ・コレクション委員を務める。

筆者プロフィール

東 彩織 Saori Azuma
テキスト編集・執筆、アートプロジェクトのドキュメント編集などを行う。ほか、プロジェクト型事業のリサーチ・運営、演劇制作、劇場外での演劇プロジェクト・アートプロジェクトの運営に携わる。https://www.imatheater.com/


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