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テラジアアーティストインタビュー Vol. 6: ナルモン・タマプルックサー(愛称ゴップ)

ナルモン・タマプルックサー(愛称ゴップ)はチェンマイを本拠地に活動するタイ現代演劇のキーパーソン。90年代から国を跨いだ作品に数多く参加し、世界で名の知れた演劇人だが、欧米でもバンコクでもなく軸足はずっとこの北の古都にある。テラジアの立役者でもあるゴップに、コロナ禍ここ数年の来し方行く末を聞いた。

日本発『テラ』 の最初の感染地はチェンマイ

取材日、現地は夕方だったが、直前まで学生の試験監督をしていたとか。母校のチェンマイ大学で演劇を学ぶ学生を教える常勤講師をしながら、演劇人として活動し、その上合気道の師範として道場も運営と、まさに八面六臂の忙しさである。

2022年10月22日 チェンマイ大学
TERASIA Online Week 2022 + Onsite

「フルタイムの教員になって生活が一変しました、学生と年に4本、大学内の劇場で上演する作品を作っています。これまで大小含めて30作品以上。学生たちはそれぞれの文脈で作品を作っていて、面白いです。今、彼らと試みているのは演劇とゲームの融合。観客が演劇を傍観する従来の形式から、劇中に没入させるイマーシブな参加型にシフトし、観客のタスクを増やすような方向性で進めています。すでに2作品発表しました」

2022年10月22日 チェンマイ大学
TERASIA Online Week 2022 + Onsite

 これまでグローバルな活動を続けてきた彼女にとって、海外渡航がままならず、劇場に逆風が吹いたコロナ禍の2020年は変化の年だった。芸術学部教員の仕事が始まり、さらにアジア発の演劇コレクティブ「テラジア」に参加、チェンマイでの上演、初配信を行ったからだ。

2020年10月30日 オンライン
TERA เถระ – オンライン上映会 + 特別トークセッション

「テラジア」の発端は日本版『テラ』ドラマトゥルクを担当した渡辺(渡辺真帆)が、親交があったゴップに相談を持ち掛けたことにあった。コロナが落ち着いたら、タイの寺院で日本版『テラ』のリメイクを上演できないかという内容だった。ゴップは当初から寺院で現代劇を上演するというアイディアに興味をもったという。

「お寺で死生観や仏教をテーマにした演劇を上演するという直球のアイディアに惹かれました。最初に台本を読んだんですよ。物語に複数のレイヤーがあり、示唆に富んでいて、洗練された構成でした。でも、どうやって上演するのか見当がつかなかった。上演の映像を見て、なるほどこうやるのか!そういうことだったのか!といちいち合点がいきました、すごく面白かった。ただ、これを日本人がチェンマイのお寺で上演するのは不可能です。タイのお寺でロックなんて演奏したら蹴りだされてしまいます。そもそもコロナで渡航は難しいわけだし、だったら、チェンマイのチームでやってみようと思いつきました」 

ゴップと渡辺が話し合うなかで、あたかもウィルスが人から人に感染し、上陸した土地で変異するように、オリジナル作品が作者の手を離れ、旅先で解体され再構成されて生まれ変わり、広がっていく。「隔離の時代を旅する演劇」の構想が生まれた。これに前後してゴップが声をかけたアジアのアーティスト、ミャンマーのズン・エイ・ピュー、インドネシアのディンドン W.Sらが加わり、オンラインで結ぶコレクティブ「テラジア 隔離の時代を旅する演劇」の結成となったのだ。

制作過程、タイと日本を繋いでの初めてのZoomミーティング

 「最初の感染地がチェンマイだったというわけです。まもなく日本版をベースにタイ版の制作が始まりました。タイ語で『テラ』は僧侶の意味、これは面白い偶然でしたね。タイ版はオリジナルの精神を引き継ぎつつ全くの新作に変異しています。でもオリジナルを見た人には、どこが反映されているかわかるだろうと思います」

こうして同年10月、チェンマイのドイ・ステープ国立公園内のパーラート寺院で上演され、配信版が日本でも限定公開された。

「テラジアが最終的にどう着地するのかはわからないけれども、同じテーマの作品が異なる国で制作され、変異しながら新しい場所に広がっていくことは、すごくエキサイティングだと思います」

日本版⇔タイ版に共通する7つのポイント

タイ版『TERA เถระ(テラ・テラ)』はオリジナルのエッセンスを踏襲している。

  1.   会場が現役の寺院であること

  2. サイトスペシフィックであること、この場合は国立公園の中にある寺というオーセンティックな空間をそのまま使い、その場にないものを想起させる装置を使わないこと

  3. ミュージシャンによるライブ演奏

  4. 死生観にかかわる物語がストレートに続かず、複数のストーリーラインが行ったり来たりすること

  5. 俳優は複数の役を重複して演じ、役の間を行き来すること

  6. 観客が参加するシーンがあること

  7. 事実とフィクションが両方織り交ぜられていること

波乱含み、タイ寺院での『TERA เถระ』上演

『TERA เถระ』を制作するにあたり、最初の課題は会場が寺という設定だった。タイの寺院では、冠婚葬祭などで伝統音楽が演奏されたり、地域のお祭りでイベントが行われたりすることは珍しくないが、現代劇の上演はほぼ前例がない。

「日本版はクレージーで面白いけれど、タイ版はもっと落ち着いた形にしようと思いました。タイの寺院で演劇を上演するのは大変です。以前チェンマイの由緒ある寺で、仏教の歴史について誤解を呼ぶ内容がテレビの生番組で放送されてしまったことがあり 、寺がますます保守的になってしまって。伝統的な音楽や舞踊は歓迎されますが、現代演劇はかなりハードルが高い。物語があると間違った情報が伝わって信者を混乱させかねないと警戒されているんです。 

チェンマイの有名寺院に断られるなか、パーラート寺院の住職が理解を示してくれたのは嬉しかった。タイでは、どこでもそうだろうけど、交渉相手で結果が違うものですね。この寺は国立公園の深い森の中にあるんですよ。境内を清流が流れているような、静逸な聖地です。輪廻や彼岸を扱う作品には願ってもないロケーションでした。住職は芸術好きで、一応台本から演出からチェックをお願いしたんですが、何をやっても構わないという感じで、自由に創作ができました。 

パーラート寺院

お寺は寛容でしたが、演出には慎重になりました。例えば、最初の計画では、主演のソノコ(ソノコ・プロウ)の舞踏の動きで、頭を地面につけて倒立するシーンがあったのですが、ご近所の方がリハーサルを見物して『お寺で逆立ちなんてとんでもない』とクレームがあり、振り付けを変更したこともありましたね」

 昨今、タイの政情は安定しているとはいえない。『TERA เถระ』上演時、観客が逮捕されてチケットをキャンセルするケースがあった。ゴップが教員を務めるチェンマイ大学がちょうど寺がある山の麓にあり、反政府デモが行われていた。

「政治的な作風の学生が逮捕されて来られないとか、アーティスト仲間の釈放交渉でキャンセルした友人もいました。今はだいぶゆるくなりましたが、政府に批判的な作品だと兵士に監視されたり上演中止になったりすることはあります。長らくそういう環境ですから、私たちも危険回避が上手になってきました。自己検閲と言った時、それは何かすることを恐れるということではなく、どうやってより賢くやるかということだと思います。軍よりの政権下で、政治的意図を隠したり解釈の幅をもたせたりすることは必要なことです。

長年第一線で生き残ってきた芸術家の実感なのだろう。先手を打って攻撃はせず、相手を観察し、戦いを制する。彼女のしなやかなマインドは師範になり道場をひらくほど打ち込んだ合気道の精神に一脈通ずるところがある。

偶発性を取り込んだ一期一会の作品作り

ところで。タイ版『TERA เถระ』の主人公はなぜだか日本人だ。これは偶然決まったことで、日本版『テラ』に因んだものでもないそうだ。

「新作のためにアイディアを練っているときに、家の物置で『極楽に行った猫』という絵本を見つけたんです。主人公はたまたま日本人の画家で涅槃図を描いている。仏陀の臨終には様々な動物が描かれていますが、通常猫はいない。画家はタブーを破り愛猫を涅槃図に描くのかどうか、というこの本の設定と構成を使おうと思いました。劇中の猫のモデルは、実際に寺にいた三毛猫です。

 『TERA เถระ』に限らず、私の作品づくりはいつも偶発性と、創作メンバーの異なる経験や知識を取り込んですすめます。この作品も出演者のソノコやギグ(グラム・タム)、音楽家チームから、死生観や宗教にまつわる体験談やアイディアをヒアリングすることから作業が始まりました。彼らのパーソナルなストーリーを取り込み、上演するロケーションの山河も含め、ノンフィクションとフィクションをコラージュして構成するのがいつものやり方です。この方法は日本版『テラ』のコンセプトにも相性がよくて、オリジナルの流れを踏襲しつつ、新しい世界観を構築できたと思います」

偶然を取り込む作風は、演出面でも効果を発揮した。例えばタイ版と日本版『テラ』との最大の相違は全体を覆う荘厳さにあるが、それは寺が山の中にあり、僧侶が修行のために歩く巡礼の道の途中に建つという環境が醸し出しているといえる。

パーラート寺院

「観客は門番のように建つ二つの像の間を通って物語世界に入っていきます。像は現世と来世の両方を見ているので、間を通ることでお客さんに来世に入っていく感覚を味わってもらいたかった。これは案内人役のギグの発案。彼はドラマトゥルク担当で、インドやチベットで仏僧の修行をしていて造詣が深いんです。『TERA เถระ』はサイトスペシフィックな作品なので、あの時にあの場所でしか醸し出せない雰囲気がありました。これを別の場所で再演するとしたらどうなるか楽しみですね」

2024年テラジアの活動はひとつの区切りを迎える。インドネシアで芸術祭「Sua TERASIA」を計画しており、これまで活動してきた各国のチームによる「テラ」作品が再演される運びだ。タイのチームも『TERA เถระ』を再演することになっている。上演予定地は、バンドンのスラサール・スナルヨ・アートスペースというユニークな空間だという。  

スラサール・スナルヨ・アートスペース - Bale Handap

「『TERA เถระ』は屋外と屋内が使えて、動き回る空間が確保できれば上演できると考えています。機材が持ち込めないとか電気が使えないなら、自然光とロウソクで問題ない。初演の時も台風で停電になったけれど、ロウソクの光だけで面白い効果が出ていました。インドネシアでの公演はチェンマイ版とほぼ同じ予定、言葉の問題はありますが、最終的には演劇マジックで万事うまくいくと信じています。

初演の『TERA เถระ』でやり残したこともあります。当初はもっと観客に参加してもらうつもりでした。寺の中を散策してもらい、死にまつわるものを探すオリエンテーションとか、ライブカメラの映像を壁に投影して、自分が会場を出ていく姿が映し出されるのを見てもらうとか。亡霊がさまよっているみたいできっと面白かったと思います。テクニカル面をクリアして新しい演出にもトライしてみたいですね」

心を開き世界を受け止めることで見えてくる

昨今の世界情勢はあまりにも不安定で、各地で暴力が蔓延し、思想や宗教の不寛容が悲劇を招いている。最後に彼女がこれまでどうこの世界と向き合い、作品を発信してきたのか、信条を聞いてみた。
「自分の考えを形にすることにこだわらないことです。オープンマインドで五感を研ぎ澄まし、感じることを全て受け止めようとすること。言葉では簡単だけど、実際に構えないでいるのは難しい。それでも柔らかな気持ちで、心を大きく開く努力を続けることで、新しい人や考えに出会ったり、道筋が見えてきたりします。一旦は頭の中がごちゃごちゃになったり、混乱したりもするけれど、カオスに身を置くことは悪いことじゃないんですよ。経験的に言って自分を開いていれば、不思議と何かしらのクリエイティビティにつながっていくものです。偶然の出会いを面白がり、旅をするように仕事をする。私の作品づくりはいつもそんな感じです」

2024年1月15日 インドネシア グヌンパダン遺跡 | Sua TERASIA
写真:山畑俊樹
 

コロナ禍を経て世界的に演劇の大規模興行が減り、小規模で、スペシフィックで個人的な作品が増えている。この流れは必ずしも悪いことばかりではないとゴップは感じている。
 
「演劇を作るのに資金の大小は関係ない。資金がなくても、小規模でローテクでも、インパクトがある表現活動はできる。テラジアで実験的にやってきたクロスボーダーなプロジェクトはその好例です。こういう活動を、いろんなスタイルで、いろんな地域で、もっと多くの人がやり始めたら、表現の幅が格段に広がりますよね。公衆衛生的にも、劇場に人をぎゅうぎゅう詰め込むのはよくないわけでしょ。だったら演劇は劇場空間に縛られない形で自在に進化すればいいんじゃないでしょうか。
 
まずはチェンマイに来たらどうかしら?お寺巡りは楽しいし、山歩きもできる、文化的にも複雑でユニークな土地柄だから、テラジアのメンバーがここの空気にふれたら、間違いなく面白いことが始まるでしょうね」
 
合気道の道場がある広大な自宅には、ゲストハウス、小さな劇場さえある。芸術家として教育者として社会活動にも余念がないゴップの元には、地域の子どもたち、学生が集まり、時には内外のアーティストも滞在する、さながら芸術村のようだ。実は彼女はバンコクの出身で高校生の時にチェンマイが気に入って移住したのだという。一体チェンマイには何があるのだろう、リアルな旅が解禁された今、『TERA เถระ』の聖地巡礼も兼ねて一度訪れてみてはどうだろうか。

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ナルモン・タマプルックサー(愛称ゴップ)
パフォーマー・演出家・プロデューサー。チェンマイを拠点に、演劇をツールとしてソーシャル・アクティビズムに取り組む。1997年、インドネシア・ニューヨーク・台湾・インドなどの演劇人と「International WOW Company」を設立。World Artist for Tibet、Arts Against War、ニューヨークダンスシアターの「メコンプロジェクト」など、様々な芸術イベントの芸術監督、コーディネーターを務める。野田秀樹作・演出『赤鬼』(97年初演 シアタートラム)出演。2005年アジア現代演劇コラボレーション『ホテル・グランドアジア』出演。『モバイル』(2007年 ネセサリーステージ制作 シアタートラム)出演。2014年、劇団印象『匂衣』(鈴木アツト演出)出演。チェンマイ大学マスコミュニケーション学部演劇プログラム講師。

モトカワマリコ(ライター)
90年代からフリーランスで全国誌に寄稿、紙・web媒体にインタビュー記事を提供するほか、ラジオ番組の構成も手掛ける。趣味は声楽と演劇。

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